満州っ子 平和をうたう

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zoom RSS 「雲流るる果てに」−35−

<<   作成日時 : 2010/07/12 06:28   >>

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溝口幸次郎 [溝口・江二郎] 中央大学ー静岡県出身ー神風特別攻撃隊神雷第一爆撃隊、昭和20年6月22日、沖縄方面にて戦死。22歳。(「雲流るる果てに」189〜192頁)

画像

   追   憶
 
 美しい祖国は、おほらかな益良夫を生み、おほらかな益良夫は、けだかい魂を祖国に残して、新しい世界へと飛翔し去る。 昭和20年6月6日。
   
   麦刈る人々
 
 私の父上も、私の母上も、農に生きぬいた偉い方です。両親の若い時の苦闘を聞くと、本当にすまない気がします。山間の田舎道を荷車を引いて、人が行く。飛んで行って、車の後押しをして見たい気が湧いて来ます。もう何のお手伝ひする事も出来ない私の不幸をお許し下さい。どうぞ御身体御大切に。
   
   地震に倒れし我が家
  
  我が家はこはれたれども父祖の血を
  大空に生きて国守なり

  我が家のおもかげなくも我が魂は
  永久に我が家にかへり来ぬべし

   
   綱 干 し
 
 “現在の一點に最善をつくせ”
 “只今ばかり我が生命は存するなり”


とは私の好きな格言です。

 生まれ出でゝより死ぬ迄、我等は己の一秒一刻に依って創られる人生の彫刻を、悲喜善悪のしゅらぞうをきざみつゝあるのです。私は一刻が恐ろしかった。一秒が重荷だった。もう一歩も人生を進むには恐しく、ぶつ倒れさうに感じたこともあった。しかしながら、私の23年間の人生は、それが善であらうと、悪であらうと、悲しみであらうと、喜びであらうとも、刻み刻まれて来たのです。私は、私の全精魂をうって、最後の入に努力しなければならない


   竹林に月影さやか

 私は誰にも知られずにそっと死にたい。無名の幾萬の勇士が大陸に太洋に散っていったことか。私は一兵士の死をこの上もなく尊く思ふ。
   
   あ ひ る
 
 “白鳥の死”を思ひ出す。何事でも「死」なるが故に尊いといふことは出来ない。「生」の美しさを感じ得る者には「死」の美しさを知るであらう。

   洋  灯 (ランプ)

 母上、さやうなら。母上に絹布団にねていたゞきたかったのに。

  日の本の早乙女達を知らざりし
  我は愛機と共に散るなり

  戀を知らず乙女も知らず一筋に
  男の子わびしも国戀ふわれは

  
   (母にあてたる手紙) (後略)

 母上、これが最後のお便りです。お別れに際して母上は既に私の気持を察して下さってをるので改めて何も書くことはありません。強く生き抜いて頂きたい、いや、いたゞけるものと確信してをります。先日鹿屋市の床屋に入った時、四つ位の子供のの可愛らしい様子に自分もあのような時代があり、母上に抱かれて育てられて来たのだと思ったのです。23年間が私自身にとってはつい最近のやうに思はれますが、子供達の姿や赤子の泣き声などを聞くと、長い年月の様が偲ばれてまゐります。

  
  ふるさとを偲びてながむ初雪の
  とけてはかなきこの夕かも       
昭和20年6月14日
       

    

 

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