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zoom RSS 三田の山は玻璃色の雨

<<   作成日時 : 2010/07/03 12:59   >>

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「このこいさんに口をきかしたら、酒一升おごるでぇ」 カウンターでコップ酒をたのしんでいる男たちに、酒屋のおやじさんが煽るように声をかけると、「そらあかん、どだいむりや」常連の顔がひょうきんな手つきをした。どっと笑いがおきる。
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私は、背の高い一本脚の椅子によじのぼって、三角のセロファンに入った塩辛い南京豆の袋をにぎりしめたまま、むっつり、すわっていた。

おもてはどしゃぶい、鉄色の雨。
愛想のない子、四番目の末っ子は世間並みでなくて、人形も洋服も欲しがらない。おこづかいもねだらない。わるさするわけでないし、うそつくわけでないし、根性わるいわけでないから、ほかすわけにもいかん。
「あれはそっとしとこ」親戚一同了解しあって、人づきのわるい女の子は、人づきのわるいまま、育っていった。
どしゃぶる、どしゃぶり。大阪のまちは、サビ色の雨。


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1956年5月1日、メーデー。
どしゃぶり、どしゃぶり。三田の丘は玻璃色の雨。
学生たちは、さまざまの雨具スタイルだった。私のすぐ前列に、レインコートの青白い顔があった。
「女の人を真ん中にして!」よくとおるテノールでその人は叫んだ。
「きみ、はじめて?」うなずいた私に、「がんばれよ」といってくれた。
玻璃色の雨がゆれた。

それから何度か、うたごえがひびく銀杏の木陰でサークルルームの傷だらけの机をはさんで、『婦人論』の学習会で、青白い顔に出会った。
「きみ、はじめて?」問われるたびに私はうなずいた。生れてはじめて、声をもらえた女の子は、こわごわ恋をした。
どしゃぶり、どしゃぶり。三田の山は、玻璃色の雨。


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服部時計店の窓に灯が入って、夕暮れがビルの肩をつつみはじめていた。約束より30分早くついてしまって、その人からきく言葉が何なのか想像すまいと、私は、懸命に、頭をからっぽにしていた。その人は約束の時間きっちりにやってきた。

「いっしょに暮らすかい?」瞬間、いっぱいに広がった青空。
別れぎわにその人は、いつもの笑顔でこういった。
「ほんとうは早くきてたんだよ。「・・・?」
「きみがどのくらい早く来るかとおもってさ」
青空がふいにかげって、玻璃色の雨が走り過ぎた。あれから何年?
どしゃぶり、どしゃぶり。ひとりぼっちのメーデー。

 (「私の昭和史」−永井和子散文詩集、第五話から)

【蛇足】文中「その人」とは誰だったのか。服部時計店は別名ー和光(和子)といった。玻璃色=梵語の音訳ー@水晶Aガラス。

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