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zoom RSS 心のファイル小畑教子さん

<<   作成日時 : 2010/07/09 06:57   >>

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1939(昭和14)年、浅草で生まれた。1945(昭和20)年、国民学校三年の姉は、集団疎開で宮城県にいた。教子さんたちも疎開をしなければならないような戦局であった。3月9日、疎開の準備は整い、親類の人たちは小畑さんの家に集まっていた。実家はお寺だったので広い居住スペースがあったから、こんな風だったのだろうと話した。

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  東京大空襲の想い強く
 
 1945年3月10日の東京大空襲を、五歳で体験することになったのである。お父さんは、関東大震災の火災にも遭っているのでその体験から「風上に逃げれば助かる」と言った。風上は、白髭橋、風下は言問橋方面に当たっていた。言問橋の大惨事は、多くの人がご存じでしょう。そこで何がおこったか、小畑さんの痛恨の想いを詩人の江森さんが詩に紡いで結実したのが、合唱曲・「おそすぎないために」(注)。去る5月、「ティアラこうとう」で「合唱団 この灯」が歌いあげ参加者に多大な感銘を与えた。
  
  保育士の道ひとすじ

 都立保育専門学校在学中セッツルメントの活動に携わった。当時、ごはんも食べられない人がいることを知り、ショックだった。社会に目覚めたのはこの時期であった。墨田区の公立保育園の園長を最後に退職。社会福祉協議会のファミリーサポート・アドバイザーが嘱託員五年間の仕事であった。

 大島六丁目団地団地完成時からの居住者だか、活動の拠点はすべて墨田区だったが嘱託員終了を機に江東区に移し、今、年金者組合江東支部・役員、「合唱団 灯」の一員として溌剌とした毎日を送っている。


【注】「おそすぎないために」歌詞はリンクしています。
 

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