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zoom RSS 学徒飛行兵の殉職者16%

<<   作成日時 : 2010/08/09 08:37   >>

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「事故といえばね、13期の戦死者は1613人かな。そのうち特攻が450人です。ところが、そのほかに事故で死んだ人が250人もいる」。元海軍大尉木名瀬信也大尉が「特攻ー最後の証言」(株・アスペクト社発行)のインタビューのなかでさりげなく話しますが、もう少し読んでみましょう。

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 今の民間飛行でそれだけの事故があったとしたら大変なことです。我々がどれほど危険な練習をやっていたかということにも繫がる。もう一つはは、、我々がいかに未熟だったかということになるかもしれんけど、事故の多さに対して無頓着だったということの証左だね」
  
−今なら事故死者はとんでもない数字ですね。

木名瀬ー「特攻に出撃して離陸した瞬間、落ちてきた爆弾で死んだ者もいる。特攻で死ねば二階級特進だけど、彼の場合はみんなの見ている前での事故死だから、特攻死にならなくて一階級特進だった。かと思えば、エンジンフ不調で引き返して来て着陸のミスで死んだ者が特攻死扱いになっていたりする。

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【解説】

 今で言えば「事故死」だが、当時は「殉職者」といった。第13期海軍飛行予備学生誌の戦没者名簿によると戦死者数は1616人、内特攻死は456人。いわゆる殉職者は集計されていないので私がカウントしたところ263人を数えた。実に戦没者数の16.2%になる。恐るべき数字だ。

 私流にいわせると、危険な練習というよりは現場指揮者の不足を補うために、いかにルールを外れた即席訓練で彼らを戦闘場面に送りこんだかということだ。飛行時間数十時間のパイロットならようやく離着陸ができるだけで空中戦などはもってのほか。米軍側は特攻作戦について、当初は脅威を感じたが大戦の後半では「ヘーイ。バカボンブが来たぜ」といわせたほどの飛行ぶりだったとしている。

 加えて、飛行機製造過程の乱脈さをあげなければならない。熟練工はほとんど召集され、工場内は学徒動員の学生労働者だけ。作業ミス、部品の欠如などで飛行中のトラブルは百出したという。

 遺族にとってはこれほどの無念感はないだろう。せめて華々しく栄誉をたたえてもらいたいのは当時では人情というものだ。それが一片の通知書に「貴殿のご子息は残念ながら○○地で殉職されたことを通知する」とでも書かれていたことだろう。

 あれから65年、「戦争は二度とくりかえしてはならない」「国家による人殺しをくりかえしてはならない」との想いがつのるばかりだ。

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