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zoom RSS 終戦 この日に逝った特攻兵

<<   作成日時 : 2010/08/15 06:19   >>

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あの年の8月15日、天皇のポツダム宣言受諾のラジオ放送を聴いた後、夕闇迫る沖縄に突っ込んでいった特攻兵たちがいた。知る人ぞ知るいわゆる「宇垣特攻」だ。痛恨の思いは、作家・故城山三郎氏が「指揮官たちの特攻」に書く哀切迫る格調高い筆致に譲るとして、ここではその事実関係を書きつづっておきたい。

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   最後の航空特攻と十三期生(学徒兵
 
 八月十五日正午、大分基地の全将兵が集合し、、五航艦司令長官宇垣纏中将とともに終戦の詔勅を聞いた。宇垣長官は攻撃中止の命令や無条件降伏に承服できなかった。

 これより先、十五日の早朝、「外国放送は、帝国の無条件降伏と正午陛下の直接放送あるを報じたり。ここにおいて、当基地所在の「彗星」特攻機五機に至急準備を命じ、本職直卒の下沖縄艦船に特攻突入を決す」(宇垣語録)として、すでに参謀に命じていた。参謀たちは替わるがわる再考を促し、横井少将、城島少将も翻意を迫ったが、「まだ停戦命令にも接せず、多数殉忠の将士の後を追い、特攻精神に生きんとするにおいて考慮の余地なし」(宇垣語録)として意思は固く参謀らの努力も空しく終わった。

 放送のあとも参謀らは翻意を懇請したが「武人として死場所を与えてくれ。皇国護持のため喜んで死んでいった多数の部下のもとに、俺もやらせてくれ」ということで、ついに中津留大尉に準備命令が下った。口頭命令を文書命令に整え、「701空大分派遣隊は、艦爆5機をもって沖縄艦隊を攻撃すべし。本職これを直卒す。」とあらためて下命した。 
(中略)

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 簡素な訣別の宴のあと、長官は階級章を外し、新しい第三種軍装で山本五十六元帥から拝領した護身の脇差を握りしめ指揮所に向かった。飛行場には11機の艦爆がエンジンを始動して待っていた。長官は、「命令と違うのではないか」と言うと、隊長は、「命令は5機だが、長官が特攻をかけられるなら出動可能の11機全部を飛ばせるべきだといって隊員がきかない、私の隊は全機お供します」と告げると長官は感動し、「よろしい、命令を変更する。艦爆11機をもって、只今より沖縄艦隊を攻撃する」と下命し直した。5機だけなら命令違反でも同行しようと決意していた搭乗員たちは、一斉に「ありがとうございます」と敬礼し搭乗機に駆け登った。

 宇垣長官はは、一番機の中津留機に乗ったが、すでに座席には偵察員が乗り込んでおり、席にしがみついて降りないため、偵察員と二人乗って出撃した。11機の彗星艦爆隊は、基地上空を見事な編隊で通過し、南の夕空の彼方へ消えていった。
 (第13期海軍飛行予備学生誌279頁より)

【追記】終戦を知ってから、若く未来に富む青年たちを道連れにした行為はただただ唖然とするばかり。さりとて異次元の世界の話と片付けるわけにはいかない。それは実話だったからだ。

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