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zoom RSS 8月に逝った学徒飛行兵

<<   作成日時 : 2010/08/07 08:02   >>

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歴史をひもとくまでもなく日本に降伏を迫った「ポツダム宣言」が通告されたのが7月23日。黙殺を決め込んだ日本政府は本土決戦に備えてなおも前線の兵士たちに死を強いた。特攻死した兄・神島利則中尉と土浦航空隊に入隊した同期の学徒兵の名簿が手元にある。調べてみると昭和20年8月の戦没者は44名だ。

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   終戦直前の戦死 無念の極み

 13期海軍飛行予備学生は昭和18年9月に土浦、三重の両海軍航空隊に入隊した学徒兵は5016人、敗戦までの全戦死者は1616人、内特攻死は448人(学徒出身特攻士官の70%)、そして終戦直前の8月の戦死者数は44人を数える。ご遺族にとっては「何故!」「誰がそんな事をさせたの!」と憤りを隠せないだろう。8月9日、金崋山沖で特攻死した慶応大学出身の林 憲正中尉の戦死当日の日誌を紹介しよう。


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 八月九日 晴れ
 
 敵機動部隊が本土に近接してきた。一時間半後に、私は特攻隊員としてここを出撃する。秋の立った空はあくまで蒼く深い。
 8月9日!
 この日、私は新鋭機流星を駆って、米空母に体当たりするのである。
 ご両親初め皆様さやうなら。
 戦友諸君、有難う。


【追記】折を見て本欄に44名の氏名、出身校を書き込むことにする。「特攻史」の一頁になるだろうと思うからである。

【注】あの戦争はある時期から軍事の次元を越えて美学の領域に入った。あるいはカタルシスの世界に入った。政治・軍事指導者はひたすら日本国民を幽閉状態にしておき、思考も感性も、そしてその発想も「一億玉砕」とか「一億一心」「本土決戦」という語に収斂しようとした。美学の世界に入ったという意味をわかりやすくいうならば、すべて自分の考えで決まるのであり、客観的事実などは存在しないという次元に落ちこんでしまったということだ。近代日本にあって、昭和十年代ほど指導部に列した政治家や軍人のレベルが下がったことはない。なにしろ哲学や思想がまったくなかったといっていいからだ。特攻世代はまさに近代日本の指導者たちの犠牲者だ。(「特攻」と日本人ー保坂正康著・あとがきよりー講談社現代新書)

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