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zoom RSS 歌ってよわたしの詩たちD

<<   作成日時 : 2010/09/28 07:05   >>

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永井和子さんと言えば「大阪生まれの沖縄詩人」で通っていたが、今回の「歌ってよわたしの詩たち」は、まさに面目躍如たるものがある。収録された歌詩には生き生きした作品も多いが、そのあいだに挟んだエッセイと一体として、永井さんはこの「ふるさと」をわがものとしている。その一体性は、「首里から糸数までの十五キロを、「ひとあしひとあし」ふるさとを踏みしめて歩くことで象徴させている。(詩人・増岡敏和)

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 首里(しゅり)から糸数(いとかず)まで

首里から糸数まで、十五キロ

石ころまじりの道であったろう
怯えてつまづく道であったろう
昼間は、米軍の艦砲射撃から隠れて
アダンの茂みに身をひそめ
アダンの荊に傷つきながら
夜は夜で、飢えて泣く子の口を
てのひらでふさぎながら
ひとあし ひとあし
ひとあし ひとあし 這い進んだのだろう

島尻へたどり着けば
ガマがあるから
水の湧くガマがあるから と

五月二十六日から二十八日
米軍のカノン砲三万トンを浴びて
首里が破壊されつくして
島尻へ逃れていった住民
岩から岩へ身をひそめ
ガマからガマへ追い立てられ
夜の闇に立ちつくす年寄りを背に負い
はげましながら
ひとあし ひとあし 歩いたのだろう


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首里から、十五キロ
子どもの狭い足幅で歩いてみる
おばあのつまづく膝で歩いてみる
水ものまず歩いてみる
腹をすかせて歩いてみる

国家が戦争をはじめれば
弾丸(たま)よけにされるのはいつも
女、子ども、そして、としより
身をかばうもの何も持たない住民

首里から、十五キロ
子どもの狭い足幅で歩いてみる
あばあのつまづく膝で歩いてみる
目の前にかざす指も見えない
ガマの闇のなかに座ってみる

五十七年前、
天皇のものだった日本の国が
この島の人たちに強(し)いた
生身の戦争を歩いてみる


】増岡敏和氏=1960年代、しんぶん「赤旗」日曜版・詩人グループの代表者。永井和子さんの沖縄の詩が1964(昭和39)年、新年号の一頁を飾った。それはその年の東京オリンピックを前にして、沖縄を走る聖火リレーを日本復帰の願いを込めて描写したものだった。

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