満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 「雲流るる果てに」−47−

<<   作成日時 : 2010/09/06 07:24   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

中西斎季ー慶応義塾大学ー和歌山県出身、昭和20年4月29日、神風特別攻撃隊神雷部隊第九建部隊で出撃、南西諸島(沖縄方面9にて戦死。(「雲流rる果てに」242〜243頁)

画像
     陣中日記
 
 三月×日 硫黄島陥落。日本兵玉と散る。嗚! 散る桜、残る桜も、散る桜。 
 三月×日 東京の兄の家、空襲で焼失。生死不明。
 三月×日 吉田さん(註・恋人)より久しぶりに便りあり。兄の一家無事なるを知りてホッと安堵。学生時代の楽しい写真同封しあり、昔をしのんでしばし懐かしむ。
 三月×日 死は決して難くはない。たゞ死までの過程をどうして過すかはむづかしい。これは実に精神力の強弱で、ま白くもなれば汚れもする。死まで汚れないままでありたい。

 四月×日 吉田さんより結婚の申込みをうく。彼女がわれを愛してくれる以上われも亦彼女を愛す。しかれども、わが未来はあまりに短し。つゝしんでその申出を断るより他になし。
 四月×日 久太郎ついに応召。齢五十なり。国のために齢は問はずといへども、兄征ける後の家を想ふ。姐さん、佐和子、由紀子頑張って下さいとひそかに祈る。
 四月×日 人間死ぬ死ぬと口に出せるうちはまだ本当に死ぬといふ観念が迫って来ない。いよいよ明日突っ込むといふ日になって、はじめて死ぬのかといふ気になる。いやそれでもまだ他人事のやうな気がしてゐるが・・・・・・しかし明日は突入する。さうすればたしかに死ぬ。


【注】 上記「散る桜 残る桜も 散る桜」は名句として戦後も受け継がれ、引用されている。

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「雲流るる果てに」−47− 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる