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zoom RSS 「雲流るる果てに」−48ー

<<   作成日時 : 2010/09/07 06:29   >>

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田中正喜 [たなか・まさき] ー中央大学ー東京都出身、神風特別攻撃隊第二白菊隊、昭和20年5月28日、南西諸島にて戦死。22歳。搭乗機・偵察機上練習機「白菊。(「雲流るる果てに」243〜245頁)

 偵察機上練習機「白菊」
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   姉の幸福を祈りて
 
 父上様、永い間ほんたうに有りがたう御座いました。母上なくして愚なる一人息子正喜を斯く迄にして下った御恩に対して深甚なる感謝を致します。どうか益々御自愛下され、百歳の長寿をもお重ね下されむことを遙かにお祈り致します。正喜も父上様の御活躍に負けざるやう精進致します。

 次に、長い間母上代わりに私達の御世話下さった千代子姉上様のことでありますが、正喜は姉上様に対し感謝いたさねばなりません。我身の幸福を犠牲にした姉上様をどうか幸福にして上げて下さい。これが私の以前より胸を痛めて居りました事柄であります。どうか姉上様をくれぐれもお願ひ申上げます。人間は本来その行くべき所に行くものと存じます。

 姉上様は永久に田中家に残ってゐるべき方ではありません。姉上様が幸福になりますやう、どうか、正子、喜代子姉上様と共に御奔走下さい。

 父上様、正喜は陛下の御為に命を捨てます。どうか御安心下さい。
 最後に父上様の御長寿をお祈り致しまして筆を擱きます。

 君がため御楯となりてこの命
 捨つべき秋の来るうれしさ

 父上様                                 正喜拝


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【追記】   
   
   田中千代子さん

 姉思いの田中正喜中尉に応えて千代子さんの提案で、昭和26年ころから弟の戦友の戦死した日に「命日慰問信」が出されるようになったという。右葉書は私の所にきたもの、消印は昭和55年12月14日とある。そのほとんどを田中千代子さんが書いた。同期の戦死者は1600人余りだから毎日、書き綴ったことだろう。

   白菊神風特攻隊
 
 昭和20年5月末頃、沖縄の戦勢は熾烈をきわめ、特攻用の飛行機も激減、偵察機を特攻用に改造して飛ばした。低速の練習機に生いっぱいの重量爆弾を積み、月明下や悪天の洋上を単機ごとに死地向かって飛び続け、突入する悲壮極まりない作戦だったという。

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