満州っ子 平和をうたう

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zoom RSS 詩集 終わりからはじまる歌A

<<   作成日時 : 2010/10/13 11:21   >>

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ある年の夏の暑い日、義兄が神戸の街路上で倒れていた。電話速報で知らせを聞いて新幹線で駆け付けた。妻と子どもたち5人を残して失踪して7年。行方が分かった第一報がこれだった。無念の思いを「兄の死」として永井和子がつづった。35年たっても鮮明によみがえってくる。

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  兄の死
その1

神戸の坂の道
救急病院のベッドの上で
兄は
心臓だけ生きていた

商売に失敗して
妻と五人の子どもを置き去りにして
家を出てから
七年間 消息不明だった

毎月どこからか
子どもたちにあてて金だけ届いていた
訪ね歩いた役所のどの住民台帳にも
「職権削除」の記録しか
残っていなかった


夏の朝
知らない女の声が
仕事に
家を出たとたんに倒れはって・・・・・・
と電話してきた

鉄のベッドのなかで
一秒の休みもなく肺にうちこまれる酸素
たえずゆれ動く心電図の不安な断続音
十三日間のベッドで
赤くうんだジョクソウだけが
意識のない兄が
生きていることの確認だった


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その2

鶴を折る

無意識のまま生きつづける兄の
枕もとで
子どもたちも 義姉も
わたしたちも
いっときも目をはなせない心臓の動きを
見守るために
ねむけをふりはらおうと
鶴を折る

それだけが
行きかえっても植物人間で終わるだろう
と宣告された兄に
してやれることだから
わたしたち けんめいに
鶴を折る


一日六万円かかる治療費の支払い
三度 絶望の宣告に耐えた義姉と
五人の子どもたちの将来への不安
家を棄てた兄への不満と同情と
その兄をこの二年間
いたわりつつんできた女の人へのおもいやりと
わたしたちのまずしさと
この日本という国のまずしさへの
むかつくような怒りと

叫びたてたい思いで
わたしたち 鶴を折る
黙もくと夜明かし
鶴を折る

鶴は
六百羽で終わりだった


追記】山陽新幹線が開通してまもなくの頃、新神戸、東京間を三度往復した。治療費削減のため神戸市立病院と掛け合うこと二度、病院側の厚意で配慮してもらった。三度目は葬儀に参列、帰京して一服したら逗子市居住の姉から義兄の急死を知る。休むことなく横須賀線に駆け込む。昭和49年のことだった。

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