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zoom RSS 映画 「雲流るる果てに」

<<   作成日時 : 2010/11/11 10:38   >>

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戦後数々の特攻を描いた映画のなかでも秀作の一つ。「雲流るる果てに」は1953年、レッドパージで東宝を追われた家城巳代治が手がけた。制作段階では、脚本はもとより構成にまで紙一重で生還した同期生(第13期飛行予備学生)、遺族の体験や意見を取り入れ独立プロ・重宗プロが制作、大映により配給され感動を呼んだ。
 
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 南国の空の涯に散った特攻隊員、
 彼らの胸に去来するものは・・・ 

 
 一度出撃したら生きては帰れない特攻兵。若くして南国の空のはてに散っていった学徒航空兵の遺族によってまとめられた手記「雲流るる果てに」のタイトルをかりて作られた反戦映画の名作。今日限りの命を懸命に生きる彼らの青春群像があざやかに描き出され、と同時に残酷な戦争への激しい憤りを感じずにはいられない。

 昭和20年春。日本軍の勝利を信じて疑わぬ典型的な軍人、大滝中尉(鶴田浩二)と命を大切にする深見中尉(木村功)は友人であった。愛する人と別れて出撃して死ぬ者、飛行中の事故で死ぬ者、若い命が次々と失われていく。そして全員が敵の艦隊に突入する最後の朝がやってきた。飛びたつた彼らは2度ともどらないのだった。

 “主観的には純粋でありながら、客観的には無駄であった特攻隊の死。その矛盾をはっきりとらえられたとき、はじめてかなしさが無駄でなくなる”という家城監督の言葉に導かれ、鶴田浩二、木村功らが追いつめられた人間の心理を名演。脚本は直居欣哉が自らの体験をもとに八木保太郎、家城監督と共同執筆した。ほかに「異母兄弟」「裸の太陽」などを手がけ、日本映画界のヒューマン派とよばれた家城監督の代表作である。


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【解説】 海軍飛行予備学生 

 大学の学部あるいは予科、高等学校や専門学校を卒業した学生、または採用の日まで卒業の見込みのある学生が志願し、海軍の飛行搭乗員として採用されたもの。昭和9年、一期生から、19年14期生までほぼ一万人。

 昭和17年ミッドウエー海戦により搭乗員の不足いちじるしく、昭和18年9月、5111人が第13期飛行予備学生として採用、土浦、三重の航空隊に入隊した。わずか10ヶ月の訓練で戦場に。実にそのうち1616人が戦死。うち神風特別攻撃隊の士官戦没者652中13期予備学生は447人であった。20〜25歳の前途ある青年たちだった。

 戦後紙一重で生還した同期生が遺族とともに『遺族会』(白鴎遺族会)を結成、昭和27年6月、遺稿集『雲流るる果てに』を発刊、同名の映画とともに多大な感銘を与えた。

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