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zoom RSS 心のファイル 組合員紹介

<<   作成日時 : 2010/11/05 06:06   >>

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「1930年6月21日、鹿児島県指宿市港で生まれた。80歳である。高校を卒業すると兄をたよって上京した。新制高校第一回卒業生だという」という書き出しではじまる年金者組合・江東支部機関紙の4面を飾る「組合員紹介」という名物欄である。インタビューアーは編集長の佐藤睦郎さん。

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  井出口 千枝子さん 
 
 東洋大短期大学部国語専攻で教員をめざした。教員採用試験には受かったのだが、身長不足で合格出来なかったという。今はどうか分からないがその頃たしか、東京都教育委員会には、身長150p以上という条件付規定があったことを取材者も記憶している。

 何度も上申書のようなものを提出。最後は論文二題を添え特別の書類を江東区教育委員会に提出して合格したのだという。背丈が急に伸びるわけでなし何とも理不尽な決め事、人権問題でもある。
  

  江東区の学校ひとすじ 

 1951(昭和27)年9月1日付で小名木川小学校に赴任、教員生活の始まりである。初任校に16年在職。今では人事異動の方針がめまぐるしく変わり、すぐ異動だが、一校にじっくり腰をすえて子どもたちの教育に専念できる時代だった。
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 おしどり夫婦で有名だった「史朗」(写真)さんとの出会いも小名木川小学校。ピアノが苦手の千枝子さんが、音楽専科の史朗さんに楽譜を簡単に書きかえてもらったのが話してくれた。史朗さんは、背筋のピンと伸びた長身。千枝子さんは冒頭で紹介したとおりの背丈。このカップル随分目立った。「私、彼のわきの下だったのよ」と、いまは亡き史朗さんを懐かしんだ。

 第二大島小学校、浅間小学校、東陽小学校にそれぞれ八年位務めた。定年で東陽小学校を退職してからはボランティアで同校のクラブ活動で子どもたちにお茶を教えた。ちなみに、井手口さんは、「茶道教授」の資格をかなり若い頃から持っていたのだという。もちろん、弟子をとって教えたこともある。心を落ち着かせるいい趣味でもある。詩吟も関わって15年「師範」の資格を持ち、時々聞かせてくれる。


 合唱団で歌う姿も多くあった。合唱団「この灯」のようなセミプロではなく、平和を歌う大合唱なんかの時に声がかかって出ることがあるという。
 戦災資料センターとの関わりは2000年の募金活動のスタートからというからもう10年になる。毎週金曜日、受付・電話・本の販売等結構忙しい。

  
  つれがいてこそ 

 ご主人、史朗さんのことは年金者組合の演芸会などでピアノ伴奏や指揮でお世話になったので皆さんもご存知と思う。亡くなられて四年になる。「夫婦は二人そろってないとつまらない」としみじみ語った。「本当に寂しいものだよ」。実感がこもっていた。年金者組合に仲間を求めたい。支えあう組合でありたい。ヒマな時は孫の相手。「妹呼ばわり」されているのだと目を細めた。

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