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zoom RSS 江東で大空襲の集い 回顧

<<   作成日時 : 2011/02/10 06:09   >>

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05年3月5日に行われた「東京大空襲60周年の集い」を回顧しましよう。この「集い」の翌6日、全国紙(朝日・毎日・読売)はいっせいにこの日の模様を伝えました。東京、「しんぶん赤旗」も。各紙とも写真付きで大きく扱い、60年前のこの日の惨事と平和の尊さを後の世に伝えなければ、との思いがこめられていました。順次紹介しましょう。先ずは東京新聞から。

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 「平和憲法 曲がりそう}
  
  高木敏子さんが熱弁 

 「東京大空襲60周年のつどい」が五日、東京・江東区の西大島の総合区民センターで開かれ、空襲体験をつづった「ガラスのうさぎ」の著者で児童文学作家の高木敏子さんが講演した。

 つどいは作家の早乙女勝元さんが館長を務める東京大空襲・戦災資料センターなどの主催。墨田区出身の高木さんは疎開中、大空襲で母と妹を亡くし、のちに米軍機の機銃掃射で父も亡くした。こうした体験を話した高木さんは「平和憲法ができたとき、戦争をしないでいいんだと、本当に喜んだ。でも今、その憲法が曲がりそう。若いみなさんは、戦争の好きそうな人を(選挙で)選ばないで」と訴えた。

 東京大空襲・戦災資料センターが企画したビデオ「東京が燃えた日」の上映もあり、早乙女館長が「六十年という節目は、戦後、最後の節目かもしれない。空襲体験者の語りも限界に近く、五人に四人が戦争を知らない世代。天災は忘れたころにやってくる。戦争もそうでは。『知っているなら伝えよう、知らないなら学べ』という思いがこみあげる」と話した。

 このほか、中学生による物語と影絵「英語で学ぶ東京大空襲」など、子どもたちの発表も行われた。


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追記】<高木敏子さんの話を聞いて>
  
   鐘の鳴る丘」に涙、涙 (クリック) 

 1932(昭和7)年に墨田区に生まれた高木敏子さん。大空襲で母と二人の妹を失くし、米軍の機銃掃射で父を殺された無念の思いを、涙ながらにせつせつと語ると、会場を埋めつくした三百人を超える人たちはグッと身を乗り出して聞き入りました。

 最後に、戦後の空襲で家も親も失った「戦災孤児」の悲痛な叫びと暮らしに話がおよんで、自分の歩みに重なったのでしょうか、「鐘の鳴る丘」を歌わせてください。二番だけですといって、歌いはじめました。

 「♪〜鐘がなりますキンコンカン おいらはかえる屋根の下 父さん母さん いないけど〜」というくだりでは、もう声になりません。ほとんど嗚咽(おえつ)です。思わぬ会場のしぼりだすようなハミングとも共鳴して、こらえきれずに涙をぬぐう若い女性やお年寄りの姿もみられ、「戦争はもういけない!」の思いがあふれました。 (永井至正記)


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