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zoom RSS 大空襲訴訟団の「しおり」

<<   作成日時 : 2011/03/15 07:50   >>

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東京大空襲訴訟原告団はこのほど。空襲の実相を多くの人に伝えるため、このほどB4三つ折りの「しおり」を作成、普及に努めています。トップ・ページには、「原告団は『平和憲法の実現と真の平和を願い』訴訟に臨んでいます」と謳い、イラストを適宜に配置、カラフルな構成となっています。以下順次紹介しましょう。

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    東京空襲死者

 10万人以上の死者を放置
 

 荒れ狂う大火流、ふとんや雨戸が空に舞う。幼児が宙にに飛んでいった。容赦なく降り注ぐ焼夷弾、火炎地獄のなか人間が生きながら燃え尽きた。黒こげの死体が山になった。

 人々は絶叫しながら川へ飛び込んだ。川は溺死、凍死、ショック死、死体で埋まった。

 3月10日早朝、軍、命令が出され、死体処理がはじまった。中学生や囚人まで動員し、公園などに、形のある遺体10万人以上を埋めた。

 錦糸公園13,000田体、猿江公園13,000体(阪神大震災の2倍)など、130ヵ所に及ぶ。軍が直ちに死体処理を行ったため、空襲死者は行方不明になった。遺族は遺体を手にできなかった。

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 また、海への流失や、ガレキとなったり、埋没した遺体は、この10万体に含まれていない。東京空襲では大多数が行方不明になった。

 遺族に引き取られた遺体や、火傷などで亡くなった人など合計すれば、死者数は? 現在も不明。


 そして今に続く被災者の実態

障害者】 焼夷弾の直撃をうけ、腰に穴があく。自費で入院治療。現在、歩くのも困難。空襲で腕や足を失ったり、目が潰された障害者たちは、人生を狂わされた。

戦災孤児】 学童疎開中に都市空襲で親を殺され、孤児になった児童が多い。一人で生きられない子は浮浪児になった。国から放りだされた戦災孤児たち辛酸をなめつくした。

空襲死者・遺族】 罪のない一般市民が残酷に殺された。一家全滅も多い。非業の最期を遂げた肉親を葬ることさえもできなかった遺族。空襲で難民となった遺族は、現在も苦しんでいる。


【追記】あれから66年、今この日本では東北地方・関東大震災が起きた。三陸海岸には万単位の遺体が流れついているという。奇しくも一日違いの3月11日だ。今何をすべきか!我々は問われていることを銘記しなければならない。

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