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zoom RSS 大空襲訴訟団の「しおり」

<<   作成日時 : 2011/03/16 08:47   >>

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手元に壮絶な二枚の写真がある。よくよく見なければ、どちらがどちらか見まがうような光景がくり広げられている。一つは66年前のあの3月10日東京の下町。もう一つは2011年の3月東北地方を襲った大震災。東京大空襲訴訟原告団の「しおり」は66年前のことについては、解説でこう書いているが・・・。

画像
【空襲被害】
 1945(昭和20)年3月10日の東京大空襲2時間半の空爆で10万人以上が殺された。
 世界史上類のない大虐殺だった。その後も空襲が続いた。東京は廃墟になり、300万人が家を失った。全国では60万人が空襲で死亡し、1000万人が罹災した。
 日本の都市は戦場と化したのである。
 罪のない老人、女、子どもが戦争の犠牲になった。

 左写真は上空より隅田川の向こうに江東方面、手前は中央区、焼け野原画像

【東北大震災】
 2011年3月11日の史上最大級の震災による東北・関東大震災の大津波により1万人(行方不明者を含めて)を超える人が亡くなった。罹災者は50万人以上と思われる。
 その上、一連の福島原子力発電所の被災により、いま高濃度の放射能が飛散し、深刻な状態が続いている。
 
 右写真は津波で被害を受け、黒鉛を上げる気仙沼市街地=12日午前8時30分、東京新聞ヘリから。

【追記】この二つの災害図を見て考えられる事は二つある。

@東京大空襲の記事の「殺された」という記述は「まっとう」を得ているが、大震災の場合は「不運な死」とだけで片付けていいのか、甚だ疑問だ。
A戦後60年余を経て人類は、とりわけ日本人は、望むものは何でも手に入る、野放図な科学技術の進歩(?)に安住してきたツケけが返ってきたといえないか、「人の命とは、暮しとは何か?」を考え直す必要がある。
 

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