「無言館」に寄り添う主題歌

長野県の上田市に行けばきっと佇む無言館。そこにちなんだルポ映画「無言館」がいま新宿・武蔵野館で上映されています。見終えて館を出る人びとの目は何か天を仰ぐよう。そのなかで歌手・佐藤真子さんがうたう主題歌の歌詞と上田を訪ねた人々の言葉を重ねてみましょう。想いはいや増すかも知れません。

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  「無言館」への手紙
 
 どの絵からも「生きていたい、生きていたかった」という思いがひしひしと伝わって来る。生きたくても生きられない時代など、もう二度とつくらないようにしなければ・・・・・・。(女=H・W)

 見始めから父のことを思い出しました。満州へ行った父は白樺の皮に花の色をしぼった色で絵はがきをくれましたた。幸い父は帰って来ましたが、空襲で焼いてしまいました。戦死した叔父は21歳でした。いろいろ偲ばれて涙がとまりません。(無記名)


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 「無言館」とは画学生たちの遺作が無言のうちに語っているところと思って来たが、絵を見に来た者が言葉をなくすところでもあった。画学生たちの無念と戦争のおろかさを強く感じた。(女=Y・S)

 特攻隊で生き残った父、兄が満州で戦死した母。両親をここへ連れて来た。少しボケはじめた父は時おり立ちどまり、母は涙を流して一冊の本をかった。親孝行した一日でした。(娘・息子)

 人間は、愛する人のことを思いめぐらしている時間が一番楽しいことだと思う。現代は、兵士としてかりだされることもない。精一杯生きていこうと感じた。(男=H・Y)


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 忘れかけているものをふつふつ思い出させてくれました。戦争がすべてのものを「無言」にさせるさんな思いを感じました。子どもたちとこんどは一緒にこようと思います。(男=T・A)

 絵に生きる命を見ました。(女=M)

 泣けました。「生きること」というのは本当に尊いです(女=N・W)

 画布の上のシミの一つひとつが、それぞれ絵の歴史をただよわせ、守って大事にされてきたご家族の心の叫びを感じます。とても感動しました。(男=H・F)


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 カタカナにイラスト入りの子どもへの葉書、妻への長い、絵入りの手紙、みんな家族とふつうのくらしをしている人たちだったのにーごく「ふつう」のくらしを出来なくする戦争を二度と、どこにも起こすまいと思いました。(無記名)

 私は26歳です。職を辞め来春からは学生になる決意をしまいた。この歳で学生でいられる今に感謝して、また戦没者に対しても決意し、これから自分の進路に向かい頑張っていこうと思います。いつ来ても「りん」と立っている建物、そしていつみても変わらず堂々と描かれている絵画、恋人にあてた手紙、生きているって感じがします。二十代で命をなくした彼らの分まで決意をかためて、これから生活していきたい。(K)


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 他のところはぼやけているのに、地平線だけが青く、まっすぐ澄んでいたり、赤が、たまらない赤色だったりするのが、一枚の絵の、どこかに、おもいが、必死で、たとうとするおもいの涙のようなものが、あって。(無記名)

 これまで生きてきて、今、生きてて、これからも生きていけるということに気付かせてくれたことを感謝したい。(女=K・A)

 私は戦争を知りません。身近に祖父、祖母もおりません。自分から戦争について知る必要を感じました。(無記名)

 
    ー講談社刊「無言館」を訪ねて」よりー

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<プロフイール>

佐藤真子 さとう まさこ

東京芸術大学音楽部声楽科卒業
1986年 「反核・日本の音楽家たち」新人オーディション合格
1991年 音楽家たちの平和セッション2・24(日比谷公会堂)出演
1988年~1993年
日本テレビ「ルックルックこんにちはーこころの歌」に出演レギュラーで毎週童謡・愛唱歌などをうたう
1991年より、リサイタル「佐藤真子 心をうたう」を東京藝術劇場、銀座ヤマハホールなどで開催。
2002年より、ピアノ弾き語りライブ「平和への想い」を、毎年8月に行う。
全国各地のコンサートに多数出演、独創的な音楽活動を展開
2011年 ドキュメンタリー映画「無言館」主題歌「乾かぬ絵具」をうたう。

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