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zoom RSS 心のファイル田口久枝さん

<<   作成日時 : 2011/06/17 05:28   >>

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「年金・江東」の「心のファイル・組合員紹介」の今月は東陽にお住まいの田口幸枝さんである。この欄に登場される誰しもがそうであるが、田口さんの半生はご覧のように波乱の連続のようだ。生まれが皇紀2600年(昭和15年)、まさにこの国が雪崩のように戦争に突入していった背景を背負って幼少期を育っていったからだろう。

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     あの炎が東京大空襲
 
 東京市大森・青物横丁に生まれた。1940年1月1日、元日生まれである。5歳で疎開したというから、1945年のことである。
 疎開先は、千葉県木更津市新宿。3月10日の東京大空襲の炎は、この地からもはっきりと見えたのだという。東京に残っていたら見るも無残な戦災に遭遇していただろうと語った。


     情操豊かなときを
 
 疎開地は、前が海、後は山という自然環境の中で情操豊かなときを、小学校五年生の途中まで過ごすことができた。今でも、自然に慣れ親しんだそのころがとても懐かしく、貴重な体験だったと振り返った。お父さんの仕事(梱包業)の関係で上京し、深川の千田町に、住居兼工場という(積み上げたラワン材のにおいのする)環境の中で、下町の子どもとして育ったのである。

 扇橋小学校に編入することになった。当時は、毎日のように東京に戻る子が多く、学校も一般の家族が、半分焼け跡の残る教室で生活しているような状況だったという。

 中学校は、深川四中。高校は都立南葛飾高校。通うのに楽なルートではないのに、あえて選んだのは、電車通学がしたかったという「乙女心」が垣間見られた。高校時代のクラブ活動は、美術部だったとか。道具もそろっているのに、その後描くことはなかったのだそうだ。仕事をしながら描き続けるのは、難しいことのように思われたが、なんかもったいないなあとも思えた。

 高校卒業後、新橋の京浜百貨店に就職。七年七ヶ月務め結婚し、練馬に九年間(その間、二女を・・・)、訳あって、実家に戻り「信栄梱包運輸(株)」に35歳で、事務兼電話番として仕事を得たのである。60歳定年まで勤め上げたのだから、「人生何が幸いするか・・・」


▼「朗読の会」の一同
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    いま 第二の子育て中
 
 長女の事情で、孫の面倒を引き受けているという。中学生の男の子は、野球づけだとか。ユニホームの洗濯がいかに大変か思い知らされているとこぼしたが結構楽しそうな印象であった。「第二の子育て奮闘中」という実感がこもっていた。
 サークル「朗読の会」のメンバーの一人。朗読は、以前から関心があった。自分がえがいていた朗読とは、若干違っていたが、人とのつながりを大切にと思い入会することにしたのだという。

 江東文化センターでお花も習っている。忙しい毎日の中に自分の楽しむ時間を作っている。
 

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