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zoom RSS 戦災孤児が思う東北大震災

<<   作成日時 : 2011/06/27 09:22   >>

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「東京大空襲訴訟原告団ニュース」第24号(2011年6月24日)を頂いた。全8ページ中の7頁を見て釘づけになった。そこには「震災孤児の救済を求める訴え」が戦災孤児の金田茉莉さんによって、来し方66年の間の思いを重ね、せつせつと綴られているからだ。ぜひ、ご覧ください。

▼戦災孤児の家 「鐘の鳴る丘」 (クリック)
画像
  震災孤児の救済を求める訴え
 
 私たちは、66年前の戦争末期、空襲被害によって孤児になった者です。
 私たちは空からの焼夷弾による火の海を逃げまどい、親きょうだいが焼け死んでいきました。
 火を逃れて3月の隅田川に入り肉親が沈んでいきました。黒焦げになり、身元も分らなくなった遺体の山や遺骨の散乱する焼け野原をさまよいました。私たちは、親を失った悲しさと心細さと、これからどうしたらいいのかという不安に押しつぶされていました。

 今回の震災の孤児の方たちは、66年まえの私たちとまったく一緒でした。
 私たちは、遠い昔の記憶のはずなのに、今回の被害の様子を知り、あの頃の自分の恐ろしさと不安を一挙に思い出しました。本当に苦しいです。

 政府関係者の方々にお願いです。
 どうか、孤児になった子どもさんたちを第一に救ってください。
 どの被害者も大変なのは分かります。でも、親がいなくなるということは、子どもにとっては生きる基礎を失うことです。悲しくても心からすがれる存在がなくなるということです。
 そして、今後、精神的な苦しみや物理的な不自由、有形無形の差別などにさらされていく可能性が大きいのです。
 震災から、3週間たち、子どもたちの心は、茫然自失から本当の苦しみに入っていきます。今回の震災孤児たちにこんな思いはさせないでください。どうか、孤児たちの生活支援、精神的な支援をまず、お願いします。
 また、他国の被害の際に起こったような、孤児の他国への連れ去りなどは、絶対にないように留意していただきたく、心からお願いします。

                                       2011年4月1日

                       東京大空襲被害者原告団 孤児被災者 金田茉莉

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