満州っ子 平和をうたう

アクセスカウンタ

zoom RSS 10・10沖縄空襲

<<   作成日時 : 2011/10/30 08:18   >>

ガッツ(がんばれ!) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

沖縄を書き続けて50年。自他ともに「沖縄詩人」と呼ばれる詩人の永井和子さん。昨日のしんぶん「赤旗」の「読者の広場」に投稿した。それは1944(昭和19)年10月、米軍はフイリピン侵攻の陽動作戦として沖縄県・那覇市を猛爆した。そのことをどうしても語り継がなければ、と短文だが訴えている。

画像
「10・10空襲」知ってますか
 
 沖縄でもたれた「10・10空襲を風化させない集い」に参加した。
 1945年の本州などでの空襲については、それぞれの地で語られ、語り継がれている。しかし、その前年、沖縄を焼き尽した「10・10空襲」を知る人は少ないのではないだろうか。その空襲の半年後にには沖縄戦がはじまり、日本全土への無差別空襲が激化した。

 状況は今も同じだ真っ先に狙われるのは沖縄。日米両政府は、米軍普天間基地を辺野古に移設しようとしている。これは沖縄だけの問題ではない。米軍基地のために使われている税金ひとつを考えてもわかる。
 「10・10空襲」を風化させない運動は、守リ継がなければならない。


【追記】 琉球新報 10月10日社説

10・10空襲 残忍な爆撃風化させまい
 
 米軍による無差別爆撃で民間人を含む668人が亡くなり、那覇の9割が焼失した10・10空襲から67年になる。悲惨な沖縄戦への序章となる空襲は県内各地、奄美まで及んだ。那覇は早朝から5次にわたり焼夷(しょうい)弾や爆弾を落とされ、2日間燃え続けた。地上戦の烈しさ、むごさとともに、次世代に語り継がねばならない戦争の記憶だ。

 いま全国で空襲で被災した人たちが国の謝罪と訴訟を求め、声を上げている。旧軍人・軍属には恩給や年金が支給されたが、民間人は国から何の補償もなかったからだ。訴訟とともに立法で民間への補償を求める動きも広がっている。

 沖縄でも「沖縄・民間戦争被害者の会」が結成され、10・10空襲を含め沖縄戦で被災した人たちが原告となって提訴する。一般住民戦死者を9万4千人とすると、援護法が適用された5万5千人を除く、約4万人が対象となる。

 国が始めた戦争によって沖縄で地上戦が繰り広げられた。住民は軍民混在の戦場で戦闘に巻き込まれ、命を奪われ、被災した。にもかかわらず、民間人に何の補償もないのは、不平等というほかない。

 現代の戦争では戦略爆撃に象徴されるように軍と民間が無差別の攻撃対象となる例が強い。そもそも戦略爆撃の発想は政治経済の中枢機能だけでなく、市民さえも標的にし、戦意喪失を狙うのが常だ。

 大戦当時、戦場や前線に対し一般社会は「銃後」と表現されたが、戦略爆撃による空襲は銃後も戦場に変えた。軍民お構いなく空爆の対象とみない、軍民混在の戦場で戦闘を展開すれば民間人の犠牲が増えるのは理の当然だ。沖縄戦がまさにそうだった。だから、国がその責めを負うのも当然である。

 2008年に判決が出た東京大空襲訴訟で国は「戦争被害として国民が等しく受忍しなければならない損害」との受忍論を主張した。原告が敗訴し控訴中だ。国は受忍論の主張を続けるにしても、訴訟や立法化のの過程で民間被災者へのおざなりの対応は許されない。

 尖閣防衛に関し「あらゆる犠牲を払ってでも自衛権を行使しこれを排除する」とした政府首脳がいたが、県民感情に配慮を欠く無神経な言動は慎むべきだ。

 史実を掘り起こし次世代に伝える作業は道半ばだ。10・10空襲の残忍性や凄惨(せいさん)な被害の事実も決して風化させてはならない。 


【注】関連ブログご参照ください。 http://38300902.at.webry.info/201108/article_17.html

テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
ガッツ(がんばれ!)

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
10・10沖縄空襲 満州っ子 平和をうたう/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる