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zoom RSS 早乙女勝元さんと特攻隊員

<<   作成日時 : 2012/05/11 12:38   >>

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早乙女勝元さんといえば東京大空襲。その早乙女さんが「『わだつみの声』を聞こう」と題して、学徒出陣、若くして特攻で死んだ上原良司少尉のことを書いた。今の学生たちに先輩たちの苦悩と痛恨の思いを知ってほしいとつづる。(東京新聞・4・21−「東京どんぶらこー本郷」から)

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     「わだつみのこえ記念館」
 
 「学徒出陣とは何か」の問いに「学生たちがバリケードから出て行くこと」と、答えた学生がいたという。

 そういう人たちのために、「きけわだつみのこえ」(岩波文庫)と、「わだつみのこえ記念館」がある。アジア太平洋戦争における日本の戦没学生を中心に、内外の戦争犠牲者関係の資料を収集、展示して「ペンを銃に持ちかえてはならじ」の誓いを、次世代に継承する施設だ。


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 月水金の午後しか開いていない(団体は別)のだが、近くに所用があって、開館日にうまく時間がとれた。地下鉄の本郷三丁目駅から、東京大学の赤門へと向かって十分ばかり。書店や喫茶店、しゃれたレストランなどが並ぶ歩道は、さすがに学生たちであふれている。
 赤門前では、記念写真をとる若者の笑い声がはじけている。赤門のほぼ斜め前あたりに看板が出ていたので、すぐわかった。マンションの一室で、一階は受付に書架・文書コーナー、二階がこじんまりした展示室で、戦没学生たちの遺稿・遺品などをみることができる。隙なく並んだ遺影の一つに注目した。


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  学徒飛行兵 上原良司戦死
 
 昭和20年5月11日、特攻隊員として愛機もろとも米機動部隊に突入戦死した上原良司、22歳だった。長野県穂高町(現・安曇野市)の出身で、慶応大学から学徒兵に。出撃前夜の遺書はある報道班員によって、直接に生家へと郵送された。
 「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。・・・願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を」


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   きょうこちゃん さようなら 
 
 私は数年前に、彼の生家を訪ねたことがある。上原家では3人の戦死者を出したことに驚いた。妹の清子さんが心中を語ってくれたが、良司は実は恋人への遺書も残していた。それは愛読書に活字を選んでとびとびに○印を囲んでいったもので、○印をつないでいくと、「きょうこちゃん さようなら 僕はきみがすきだ ・・・きみのコウフクをかんがえたとき あいのことばをささやくことを ダンネンした しかし わたしはいつも きみを あいしている」 
 青春期の彼に好きな女性がいても不思議ではないが、男女が愛をささやくことさえ「非国民」扱いにされかねない時代では、ひそかに思いを口にすることなしに、沖縄戦に散ったのである。



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   声なき声を継がなければ
 
 展示室で、良司の遺影や遺書を前にたたずんでいると、その声が耳元に聞こえてくるかのようだった。しかし、来館者は少ない。ぽつりぽつりとやっtくるのは、高齢者ばかり。目と鼻の先は東大なのに、大学は何をしているのか、学生らが先輩たちの計り知れない苦悩と痛恨を、知らなくてよいはずがない。

 「過去の教訓を学ばぬ者は、再び同じ過ちを繰り返す」と言った人がいるが、上原良司たちの声なき声を継ぐ真摯な青春を、期待したいと思う


】かって「満州っ子」が作成したもの。
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