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zoom RSS 神風特攻第1号は10月25日でない

<<   作成日時 : 2013/10/25 10:12   >>

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昭和の戦争史(69年前の出来ごとともなれば、太平洋戦争はもう歴史の範疇に入る)をひもとけば、あの神風特別攻撃隊の第一陣は1944(昭和19)年10月25日の関行雄大尉率いる敷島隊とされ、大本営もそう発表、軍神として讃えたが実情はそうでなかった。

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    第一陣は海兵出身でなければ
 
 敷島隊がフイリピンのルソン島マバラカット基地を飛びたったのは10月21日。同隊は3度出撃したが索敵不能でその都度引き返してきた。左の写真(ニュース映画で当時大々的に上映されていた)はいつの日のものか判明しないが、4度目の離陸直前、基地の司令官は関大尉に「もう帰ってくるな!」と言い放ったという。
 消息通によると既に24日には大和隊の予備飛行学生・久能中尉がレイテ沖に突っ込んでいた。軍司令部は軍神の第1号は海軍兵学校出身でなければ面目が立たないということで、発表を遅らせ、前出の「帰ってくるな」という命令になったのだという。


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解説】「敷島の大和心を人問わば 朝日に匂う 山桜かな」といえば、知る人ぞ知る本居宣長の一首。太平洋戦争のの末期、1944年10月、神風特別攻撃隊の先陣を切った4隊のネーミングに使われた短歌。敷島、大和、朝日、山桜という美名に当時の若者はあおられるように死地に旅立って行った。

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