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zoom RSS 東京大空襲と「特定秘密保護法」

<<   作成日時 : 2014/02/02 10:36   >>

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東京大空襲で孤児になった埼玉県蕨市の金田茉莉(78)さん。昨年の12月11日東京新聞に投稿(ミラー)された。「戦争孤児の数 隠した国」と題した一文が、当時のことが思い起こされ身に迫る。「東京大空襲訴訟ニュース」が転載しているので、これを再転載する。

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       戦争孤児の数 隠した国       金田茉莉

 戦後、東京の上野地下鉄は戦争孤児であふれ、大勢の子どもたちが餓死・凍死しました。1946年8月23日の弟0回帝国議会で、布利秋議員が「子どもが刻々と死んでおる。戦災孤児の対策はどうなっておるのか」と質問、国は「戦争孤児は3千人。慈善事業が保護している」と答弁しています。それを国民は信じていました。

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 ところが、路上生活の孤児の多さに驚いた米国占領軍に命じられた当時の厚生省が1948年、全国一斉孤児調査をした結果、12万3千5百人も戦災孤児がいたことが判明しました。同省はこの事実を隠蔽(いんぺい)、50年後に見つかりました。
 戦争中、都市に住む小学生以下の児童は、親元を離れ地方へ学童疎開しました。その疎開中に都市空襲で家焼かれ、親家族が殺され、帰る場所のなくなった孤児が非常に多く生じました。国策として学童疎開を推進してきた当時の文部省官僚は、校長等公務員に箝口令(かんこうれい)を敷き、孤児資料を焼却、隠蔽。疎開中の孤児はいなかったとされてしまったことも、60年義に判明しました。
 隠蔽され、見捨てられた孤児たちは、路上で餓死、凍死した以外も、人身売買されたり、路上生活者になったり、過酷な人生を送りました。

 12万人以上いた戦争孤児をたったの3千人と平気で国会で答弁するなど、昔から都合の悪いことは隠す国・僚。その上さらに「特定秘密保護法」が施行されれば、ますますウソがまかり通り、真実が闇に葬られうっかり話をすれば逮捕される、恐怖、暗黒の世の中になるでしょう。

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