両国高校・「史学部」同窓会 再び

敗戦後、旧満州から引き上げてきた満洲っ子の私。親戚を頼って金沢、沼田と転々として東京・江東区深川にたどりついたのが昭和22年3月。15歳になっていた。転入したのが墨田区の旧都立3中の3年生。あの東京大空襲で教室や講堂は焼け落ちて使える教室は半分ぐらいだった。

▼旧両国高校の正門(現在は建て替えられている)
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 都立の高校の中でも有数の受験校。教科書はそこそこに終えて受験関連の勉強一本やり、殺伐としたなかで癒してくれたのがクラブ活動。後段(注)でふれる石村実君(北大出)が提唱して、結成された「歴史研究会」(通称史学部)が唯一のよりどころだった。ふとしたことがきっかけで昨秋その石村君と出会い、懇談、もうそろそろの年頃になったので気軽にみんなと逢おうか、ということで、「ラス前同窓会」(ラストの前で最後ではない意味)を開いたのが11月15日、場所は母校の最寄り駅の錦糸町だった。 

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 錦糸町駅ビル5Fのレストランで当日来られた9人(右写真)。11時から14時まで談論風発3時間、なかには卒業以来(昭和26年卒)という御人もいて懐かしさいっぱい。手を取り合って話しに花が咲いた。そして、年二回はやろうということで一致。来年は4月18日(金)同じ場所でということで別れた。

追記】古いアルバムを開いてみたら当時、クラブでハイキングに出かけたときの写真が見つかったので公開しよう。逝った友2人、病のため欠席2人。人間半世紀も経つとこうもかわるものか、それとも円熟さあふれるものか!

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【註】石村君からのメール、2013年10月
 永井至正君と何十年ぶりに話した。中・高校、多感なときをともに過ごした友人である。時間は短かったがお互い腹の内は全部曝け出した。彼の人生経験が感動的で「自分史」を書けと薦めた。別れてから僕の人生もやはり次の世代に聞いでもらいたいと思った。永井と僕の共通の結論は左であろいうと右であろうと「国のため」「人のため」に自分のすべてを捧げるのが人間の道ということだ。 


■第2回両国高校「史学部」同窓会→2014年4月18日、錦糸町テルミナ5F・「つきじ植むら」午前11時~会費自由。


【リンク】 http://38300902.at.webry.info/201212/article_32.html

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