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zoom RSS 沖縄戦で戦死した海軍飛行学生 @

<<   作成日時 : 2014/04/03 10:15   >>

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1945年4月に米軍沖縄本島に上陸。以来陸上では壮絶な死闘が6月まで続けられたが、軍部は空からも無謀な特攻作戦を強行した。その主力は学徒出陣による飛行予備学生、そして年端も行かない予科練習生が主力で死地に追いやった。本日から4月に沖縄方面で戦死した飛行予備学生たちの遺書を順次掲載していく。本稿はその第1回。

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     古橋達夫海軍中尉
 
 日本大学 東京都出身、昭和20年4月3日、神風特別攻撃隊第3御盾隊第601部隊の一員として南西諸島(沖縄方面)にて戦死。搭乗機ー彗星 20歳。
 姉への便り 度々のお葉書嬉しく拝見しました。。雅夫(註双子の弟=8月3日フイリピンで戦死)から色々お知らせしてゐると思ひますが、自分はどうも筆不精をお許し下さい。
 以下=http://38300902.at.webry.info/201004/article_12.html

 
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海軍飛行予備学生
 大学の学部あるいは予科、高等学校を卒業した学生、または採用の日までに卒業の見込みのある学生が志願し、海軍の飛行機搭乗員として採用されたもの。
 昭和9年、1期生から、19年14期生までほぼ1万人。昭和17年ミッドウエー海戦の惨敗により搭乗員の不足いちじるしく、昭和18年9月、5111人が第13期飛行予備学生として採用され、土浦、三重の航空隊に入隊した。
 僅か10ヶ月の訓練で戦場に。実にそのうち1616人が戦死。うち神風特別攻撃隊の仕官戦没者652人中、13期予備学生は447人であった。20〜25歳の前途ある青年たちだった。兄・神島利則もその中の一人。21歳だった。




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