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zoom RSS 「もしも君に会わなかったら」 早乙女勝元

<<   作成日時 : 2014/11/04 06:33   >>

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東京大空襲を後世に伝えることをライフワークとしている作家の早乙女勝元さんが亡き連れ合いの直枝(なおえ)さんへの思いをつづった「もしも君に会わなかったら」という著書をこのほど出版した。東京新聞の奥野斐記者が同紙・10月22日付に書いた。
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 「戦争犠牲者の、声なき声を伝えきれていただろうか」。太平洋戦争末期の東京大空襲末期の東京大空襲を経験し、戦後は戦争や東京の街の歴史を著書に記してきた作家の早乙女勝元さん(82)は6年前、妻直枝さんを突然亡くし、そう考えたという。来年は戦後70年。平和を願う原点と最愛の妻、直枝さんとの思い出を最新刊「もしも君に会わなかっら」につづった。

         「声なき声 伝えねば」
      戦争被害者の無念を再確認

  直枝さんは2008年6月、虚血性心不全で68歳で旅立った。その三カ月前に脳梗塞の手術をし、元気になったばかりだった。
 ふいに半身をもがれたかのようで、さあ、どう生きていったらよいのか


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 突然伴侶を亡くした夫の後悔や戸惑いが率直につづられている。早乙女さんはしばらくむなしさと寂しさの中で過ごしたという。
 自身の作品の読者だった7歳下の直枝さんと雑誌社で出会い、1962年に結婚。3人の子どもに恵まれた。直枝さんは音楽教諭として東京・下町の小学校などに勤め、平和運動にも参加。早乙女さんの本が出版されるたびに自分のことのように喜び、キャリーバックに詰めて売り歩いたという。
 本作に取り組むきっかけは昨年、母親の生涯を振り返る改訂新版「わが母の歴史」(青風社刊)の作業中に友人に勧められたことだ。
 「五年もたつと、一人暮らしもやむを得ないと開き直ってきた」。資料整理に取り掛かる余裕もできた。


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 1945年の3月10日未明の東京大空襲では、10万を超す人が一晩で亡くなったとされる。ルポルタージュ「東京大空襲」(岩波新書)などの著書があり、民立民営の東京大空襲・戦災資料センター(東京都江東区北砂)館長も務める早乙女さんにとって、妻の死は自身を振り返る契機にもなった

          「『平和力』につなげたい」 

 私は身内を空襲で亡くしていない。不本意に家族を失った人の気持ちを知らない強みがあったからこそ、体験者の声を親身に聞き、記録できた。ただ、今思うと、まだまだ戦争体験者への思いが足りない」
 巻末には長女愛さんから見た母親の姿もつづられる。夫から見た妻とは違う、冷静で厳しい娘の視点からの母親像はまた興味深い。
 直枝さんは、平均寿命より10年以上も若くなくなった。「どれだけ無念だったか。それは戦争で命を奪われた人も同じ。命の重みを感じ、体験者が元気なうちに記録して後世の『平和の力』につなげないといけない」。早乙女さんは今、あらためて力強く語る。(
本は新日本出版社刊。1400円(税別)。 

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