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zoom RSS 高木敏子さんー「東京大空襲60年の集い」を回顧 @

<<   作成日時 : 2015/03/07 05:32   >>

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東京大空襲70年、ほどなくあの3月10日の凄惨な夜の情景がよみがえる。今年も「大空襲記念の集い」が下町各地で続けられているが、手元に10年前盛大に催された「東京大空襲60周年の集い」の資料があり、その記憶を呼び戻し、70年につなげてみたい。

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      東京大空襲のつどいに500人
 
 2005年3月5日、江東区の総合区民センターで開かれた「東京大空襲60周年の集い」には「集い」史上最高の500人を超える来場者を迎えました。この日の講演は節目の年とあって地元の作家・高木敏子さんでした。この「つどい」はマスコミの注目を集め新聞各紙。テレビ局もこぞって取材、翌日の6日の全国紙(朝日、読売、毎日)、東京新聞、しんぶん「赤旗」はいっせいにこの日の模様を伝えました。
 各紙とも写真つきで大きく扱い、60年前の惨事と平和の尊さを後の世に伝えなければ、との思いがこめられていましたが、東京新聞の「平和憲法曲がりそう」の見出しが出色。しんぶん「赤旗」の「戦争をしようとする政治家に一票も投じないでほしい」(高木さんの講演)という引用記事が目立ちました。
 読売、毎日はたんたんと事実経過を知らせるだけにとどまっていました。


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     「鐘の鳴る丘」に涙、涙
 
 昭和7年に墨田区に生まれた高木敏子さんが大空襲で母と二人の妹を失くし、米軍の機銃掃射で父を殺された無念の思いを、涙ながらにせつせつと語ると会場を埋めつくした300人を超える人たちはグッと身を乗り出し聞き入りました。
 最後に、戦後の空襲で家も親も失った「戦災孤児」の悲痛な叫びと暮らしに話が及んで、自分の歩みに重なったのでしょうか、「鐘の鳴る丘」を歌わせてください。2番だけですといって、歌いはじめました。
 「鐘がなりますキンコンカン/おいらはかえる屋根の下/父さん母さん いないけど〜」というくだりでは、もう声になりません。ほとんど嗚咽(おえつ)です。思わぬ会場のしぼりだすようなハミングとも共鳴して、こらえきれずに涙をぬぐう若い女性やお年寄りの姿もみられ、「戦争はもういけな!」の思いがあふれました。


解説】「鐘の鳴る丘」
 菊田一夫作のNHKラジオドラマ。昭和22(1947)年7月に始まり、以後3年半、600回にわたって放送された。戦争で親を亡くした浮浪児らのたくましく集団で暮らし成長する物語。古関裕而作曲の主題歌『とんがり帽子』とともに大流行した。川田正子が歌った。

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