「私の戦後70年」東京新聞ー発言 ⑤

戦後70年。東京新聞が年初来、毎月第4金曜日「発言欄」に掲載する「私の戦後70年」。今月も六本、いづれも読むほどに胸に迫るものばかり。今回は旧満洲関連の投稿を転載いたします。

画像
    必死に子育て 母の人生は         
        関 美智子(77)
             東京都東久留米市
 
 
 父は南満州鉄道の社員でした・弟が生まれて間もなく国に召集され、戦後はシベリアに抑留。その後日本に帰国する途中、北朝鮮で死亡したことを、無事生き残り日本に帰られた戦友が、わざわざ遠路はるばる父の鹿児島の実家に訪ねてこられ、父の最後の状況を知らせてくださいました。
 母は旧満州(中国東北部)で父を待ち続けていましたが、父の死を知り、終戦翌年、着の身着のままで旧満州を後にしました。その時弟はまだ三歳。私たち母子は死ぬ思いで引き揚げてまいりました。舞鶴港に着く途中に、船の中で引き揚げ者の一人が命を落としました。亡きがらは透けるような青い海へ水葬されました
 鹿児島に帰り、母は女手一つで四人の子どもを育て上げ、やっと何とか落ち着けるか、と思った時、54歳の若さで亡くなりました。一体母の人生h何だったのでしょうか。
 戦争は日本人だけでなく、中国、韓国、北朝鮮など多くの人々の人生をめちゃくちゃにしたことを身をもって体験しました。戦争は絶対嫌です。

この記事へのコメント