「ソ満国境 15歳の夏」 テーマは日中友好

果てしなくひろがる大平原。地平線を真っ赤に染める夕日。終戦の夏、ソ連との国境に近い農場に勤労動員として送られた15歳の中学生たち。彼らには過酷な道のりが待ち受けていました。(しんぶん「赤旗」16日付・コラム「潮流」)

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▼8月9日、ソ連軍侵攻。置き去りにされた120人の日本人中学生は爆撃の中を必死に逃げます。荒野をさまよい、捕虜となり栄養失調の体で放り出され、餓死寸前でたどりついた寒村。そこで中国人に救われます▼侵略者の憎い日本人を助ける必要はないという村人を説得する村長。彼は「中国の村人が日本人を助けたことによって、これからの世代にどんな新しい歴史 15歳のが生まれるのか楽しみにしている」と。公開中の映画「ソ満国境 15歳の夏」です▼映画では原発事故で避難生活を強いられる福島の中学生が中国東北部を尋ね当時のことを取材します。松島哲也監督は本紙日曜版のインタビューに「テーマの一つは日中友好」と答えています▼みずからの体験が原作になった田原和夫さんは、人として語り継ぐべきことがあるといいます。国の犠牲になった人びとや国境をこえた友情と絆。そこには戦争への痛切な反省と和解の道筋が示されています▼戦後70年の安倍談話。主体のないキーワードをまぶすだけで、戦争の過ちや侵略した国々へのおわびを自身の言葉で語りませんでした。「私たちの子や孫、その先の世代の子どもたちに謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」。口にするあなたこそが、和解の壁になっていることがまだ分からぬか。(2015・8・16)

】ここでいう中学生は、旧満州、新京第1中学の3年生。その時僕は1年生(13歳)だった。

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