「私の戦後70年」 東京新聞ー発言 ⑪

東京新聞「発言欄」に寄せられた特集投稿、「私の戦後70年」の11月号。今回も6篇。その中から「満州の話」を転載します。投稿者は佐倉市の堀 馨予さん。満洲っ子の年83歳と同じ、子や孫に体験を伝えることの重要さを訴えます。

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     加害の歴史 語り継ぐ宿命
       無職 堀 馨予(83) (千葉県佐倉市)


 1932(昭和7)年9月、旧満州(中国東北部)撫順市近郊で日本軍が中国人を大量虐殺した平頂山(ヘイチョウザン)事件のことを、10月1日の本紙特集記事「問い直す戦争 70年目の視点」で知り、シヨックを受けました。私はその年の2月に撫順市で生まれたのですから、まさにその時そこにいたわけです。
 事件の発端となった撫順炭鉱で働いていた無き父に話を聞けなかったことが今は残念です。中国人生存者が日本に損害賠償訴訟を起こして来日したときも何もしてあげられなかったことを悔み、申し訳なく思います。
 テレビでドイツ人女性が「かつてこの国がやった過ちを思うと、この難民を今引き受けなければ」と言っていどました。それに引き換え日本の首相は「子や孫など次の世代に謝罪を続ける宿命を負わせてはならない」との言葉、考え方の違いが胸にささりました。
 南京事件など中国での数々の加害事件や、関東大震災に乗じた朝鮮の方たちの殺害など、実際にあったことを私たちの子や孫にも、隠さないで伝えていくことが大事だと思います。


追記】私も旧満州生まれ。誕生日は同じく1932(昭和7)年の4月6日。所は公主嶺(新京の南70キロ)だった。小学校(当時は国民学校)五年生の修学旅行は「奉天」「撫順」へ。炭鉱の壮大な露天掘りに仰天したことを覚えている。その時の現地の説明員の「あなた方が生まれた頃はこの辺も馬賊、匪賊が跋扈していて、関東軍がそいつ等を成敗したことがある」との説明に、拍手するという異常な時代であった。

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