新 満州・公主嶺小同窓会誌 エピソード -33-

戦争が激化しても、農事試験場の小原さんのお宅で、母たちは集まって造花やクッキーを作っていた。大広間に三角の出窓がいくつかあり、そこにヒヤシンスの球根やいろいろな花の鉢が置いてあるのを外から見ると、とってもきれいだった。当時のロシア風の建物には、三角窓が多く用いられていた。(記念誌436頁下段)

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      二重窓のなかの生活
           荒川明夫(40回生)

 
 私の住んでいる家は合利洋行の借家で、南側の窓は50センチほどの間隔のある二重窓があり、冬の間はここに植木鉢を入れたり、一時は雀を飼っていた。
 北側の窓は10センチくらいの厚さで霜花が咲き、どのガラスを見ても同じ模様のものがなく、ふしぎな花を咲かせていた

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 どちら側の窓にもガラス一枚分の小窓が取り付けてあり、空気の入れ替えができるようになっていたから、寒い冬に大勢の人が集まって、炭火やタバコの煙がこもった時は、おおいに役立った。
 春先の蒙古風による砂嵐では、二重窓に目張りをすることで、かなり防げたし、柳絮の侵入にも大分助かった。夏には網戸に替えられたから、快適な生活がこの二重窓によってできたのである。


】■公主嶺の春・・・3月ともなれば、寒気はゆるみ、長い冬の終わりを告げる蒙古風が天地を黄色に染める。卓越した南西風は、五月になると黄塵万丈の世界を現出し、風が止んでからは雪のように柳絮(やなぎのわた)が舞った。(記念誌=17頁)。なお、下写真は「合利用行」前での小松家の家族写真、右から2人目の少年は僕と同期(37回生)の小松甲子郎君。同君については後日詳しく話したい。

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