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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −14−

<<   作成日時 : 2016/02/26 09:53   >>

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小学校を卒業する年、昭和11年の2月に、いわゆる二・二六事件が起きた。そして日本内地だけでなく、満洲でも、関係者の検挙が相次いだ。佛心寺に足繁く通っていた正二兄は捕らえられ、思想犯として新京の刑務所に収容された。新京商業の入学式の後、母に連れられて刑務所に兄を訪ねた。

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   佛心寺と東祖心老師
        三村 勉(28回生


 佛心寺の東祖心老師は憂国的な思想の持ち主で、それに共鳴する多くの青年将校が参禅して老師の法話に聞き入った。私も、参禅後、お茶と梅干しをご馳走になりながら、こうした人達の政治論や思想論に耳を傾け、ときに小学生ながらも口をはさんだりした
 

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 青年将校のなかには、北一輝の国家主義に啓発されて、純粋に同志的な組織をつくろうと画策する人たちもいて、何回か佛心寺で会合がもたれた。二・二六事件が起きたとき、それらの青年将校は憲兵隊の取り調べを受け、東老師もまた公主嶺警察に検挙された。しかし、老師は会合には加わっていなかったということで間もなく釈放になったという。
 正二兄は「治安維持法」の思想犯として禁固刑となり、のちには国外追放となって日本へ戻された。


】■仏心寺=『付属地経営史』によると、禅宗の大応山仏心寺は東(あずま)祖心が大正2年4月、花園町1丁目に借家して始めたもので、「大正2年の春未だ肌寒い3月、若き旅僧として公主嶺に足を留め、当地布教に従はん事を決意し、同月公園入口のあばら屋を借受け、之を仏心寺と称した」という。なお、三村 勉さんは兄、神島利則と小学校では同期生(28回生)、無ニの親友だった。
追記】三村さんが戦死した兄の死を偲ぶ。(記念誌437頁)
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