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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −22−

<<   作成日時 : 2016/03/07 07:13   >>

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昭和12年9月19日、小生の誕生日の早朝、公主嶺の地に第一歩を記した。気のせいか、少々寒さを感じる。父の転勤で転校しなければならなかった。朝もやのかかった広々とした大地、きれいな空気、なんとなく狭く圧迫感のある大連と比べると、広々として全く違った印象。(記念誌348頁下段)

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  転校生と松本式特訓
   田切恒夫(旧姓中島・31回生)


 これが大陸、満洲だと思う。今まで見たこともない給水等が目に付く。
 翌朝早速、公主嶺小学校に転入した。松本家喜(いえよし)学級である。先生は体格もよく、見るからにおっかない感じ。校舎の赤レンガは大連聖徳小学校と同じであったが、、内容が全く違っていて、あわててしまった。大連より公主嶺だからと安心して来たのだが、教育方針が厳しく、教科書の進度が非常に早い。特に算術となると、全然理解できず、困り果てた。

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 松本先生は大変熱心に指導してくださり、同級の高村隆君は帰宅後毎日小生宅に来て、遅れを取り戻してくれた。先生は毎日放課後にテストをして、出来たら帰宅させ、定期的に机を成績順に並べるなど、現在の塾を思わせるような、厳しさの中に思いやりのある方だった。在学は一年半だったが、六年間学んだような、非常に充実した日々であったと思う。

】 「松本先生の思い出」 朝胡豊子(旧姓・堺) 
 このたびの先生のお亡くなりになった悲しいお便りをいただき、お悔やみの言葉もございません。私達の思い出の先生はまだ独身でいらっしゃったころで、立派な体格の先生の手にぶら下がり、ぐるぐる回してもらって遊ぶのが楽しみで、手を奪いあったものでした。まだお若いのに髭が多く無精髭のほほずりは子どもながらうれしく、(おませだったのかな)キャーキャー云ったものでした。
 ある日の参観日、皆さんのお母様方は、若く美しいのに、9人兄弟の末っ子の私の母は年が多く、それがいやで姉に来てもらったことがありました。
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 若かった先生は平常の授業とはちょっと気どられて、子供心にもハハンと感じたものでした。また風邪で学校をやすみましても、お見舞いに来て下さったやさしい半面もあられた方でした。
 いつでしたか会報に先生のお写真がのってましたが、頭の方がうすくなられたお顔を拝見して、なつかしさのあまりお電話しました。お声はさすが年月の流れを感じさせられました。でも先生の思い出は若く楽しく美しく何時までも心に大切に残しておきたく思っております。末筆ながら心から先生のご冥福をお祈りいたします。(公主嶺会報8号ー松本先生をしのぶ特集号から)

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