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zoom RSS 写真集「満州公主嶺」第一部 回想の公主嶺 −4−

<<   作成日時 : 2016/03/12 06:34   >>

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旧満鉄・連京線(大連⇔新京)の公主嶺。駅をはさんで北西側は官公庁と住宅が立ち並び、南東側は商店街が軒を連ねていた。地元の中国人街は遠く離れたところに雑居していた。このページはその北西側の駅前通り(泉町)の写真5葉である。

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■駅前通り(泉町)

 駅前のメイン通りは泉町といって通りに面して、駅に背中を向けて立つと、左側から「憲兵分隊」、「満鉄地方事務所」、「公主嶺警務支署」(のちの警察署)と官公署がズラリと並んでいた。言ってみれば、公主嶺の「丸の内」的役所街。泣く子も黙る警察と憲兵隊が、不穏分子に目を光らかせていたところとも言える。中国人は当時、この辺りを「ヤーメン」といって近寄ることをよしとしなかった。
 なお、並びには「消防隊」(昭和20年には警察と合体した。隊長は養父の永井時三郎)と「関東軍経理部」(姉が勤務していた)もあった。



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25 駅前通りA
 
 泉町1丁目」付近を駅の方から見たところである。右から公主嶺警務支署(後の警察署)、満鉄地方事務所、憲兵分隊である。一番右の立派な建物が満鉄地方事務所にならなかったのは、警察支署のほうが最初にできたため、変則的な配置になったのであろう。先方は水源地方面。

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26 駅前通りB
 
 上の反対方向から見たところで、左から憲兵分隊、満鉄地方事務所。公主嶺警務支署である。いずれもロシア時代の建物で、現在もこれらの建物は、ほぼ一世紀にわたって昔のままである。日中でも人影の少ない静かな町だった。


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27 公主嶺警務支署
 
 ロシア時代のホテルで、この写真が載っている「公主嶺沿革史」には当初「三階建て地下室共四階」の公主嶺最大の建物であったと書いてある。写真25と比較すると、右側にまだ増築分のない大正初期のものであることがよくわかる。


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28 満鉄地方事務所
 
 一見何の変哲もない建物のようだが、ロシアが残した駅前家屋のひとつである。切妻にはスティック・スタイルという十字架模様がついているのがわかる。守り神のような宗教的意味があったものか、屋根に煙突がひとつもないのが不思議といえば不思議である。


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29 憲兵分隊

 正面にも側面にもスティツク・スタイルがついている。また建物の壁面には、煉瓦を浮き出させたロシア・レリーフが見られる。入口の庇の支えについている十字架模様もロシア建築の特徴である。前の写真26でも、それがよくわかる。

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