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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −29−

<<   作成日時 : 2016/03/16 10:03   >>

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中国との不幸な戦争が始まって、公主嶺からも機械化兵団が北支へ出動して行った。太源陥落の旗行列など戦勝の一方で、無言の凱旋があり、私たち三年生以上は公主嶺駅に英霊を迎える日もあった。(記念誌352頁下段)
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   徳永先生と金鐘南君
        伊藤 聖(33回生)


 昭和12年の暮れに近く、その日は夜7時半に駅に集まるようにいわれていた。集合時間までに少し間があったので、私は徳永先生のところへ寄って行こうと思った。先生の下宿は旧小学校運動場わきにあった。勝手知った廊下を通り、先生の部屋の外から声をかけた。「ああ聖君か、お入りなさい」。
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 先生の机を囲んで、金鐘南君とあと二人の同級生の顔がみえた。彼らが手にしていたのは「小学国語読本」の巻三、つまり二年生の教科書だった。もうそろそろ時間だから、きょうはここまでにしておこう。つぎまでに、きょう習った漢字を30回書いてくること、いいね」。先生はいつもと同じように当然のことをしているといった口調でいわれた。

 日本語の読み書きの不得手だった金君は、夏休みに一年生と同じ教科書から始めて、週に何回かの復習で、国語も算術もようやく二年生に進級したところだったのである。
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【注】
「徳永先生遺稿集」によせて 
       服部一男(34回生)

 
 「あなたにも協力していただいたおかげで・・・・・・」と九州でのクラス会の折、伊藤聖さん(写真)から立派な本ををいただきました。それが「徳永先生遺稿集」でした。先生から教え子への84通の書簡集です。
 徳永先生は公主嶺小学校在職わずか二年、先生の教え子ではなかった私は、眼の大きな、がっしりした先生という程度の記憶しかありませんでした。(中略)
 この遺稿集をまとめられた伊藤 聖さんは、公主嶺小学校に4年生の途中までしか在籍しておられませんでした。その伊藤さんが”公主嶺”に情熱を傾け、同窓会生みの親となったのは、徳永先生との出会いによるものと聞いています。(後略)。
ー会報第17号3頁ー
   

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