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zoom RSS 写真集「満洲公主嶺」第一部 回想の公主嶺 −4−

<<   作成日時 : 2016/03/23 07:35   >>

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明治40(1907)年11月、満鉄によって設立された「公主嶺尋常高等小学校」は、もとはロシア正教のキリスト教会だった。のちに昭和10年から農事試験場の苗圃に新校舎が建設されて、この旧校舎は公主嶺街公署となり、満鉄地方事務所もここに移った。

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小学校旧校舎 その1
          満鉄時代の校章↓

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       30 公主嶺小学校正面
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31 尖塔があった小学校
 
 キリスト教会は一般に十字架を形どって十字形に建設され、その平面図の中心に「フレッシュ」と呼ばれる尖塔があった。明治42年ごろのこの写真は、はっきりと塔が見える貴重なものである。もちろんロシア時代、塔の上には十字架があったはずである。この尖塔の跡が、のちに天窓になった。
 まだ前面に校舎がなく、門までが大きくあいているのがわかる。のちに満鉄はこの場所に2階建て煉瓦造りの校舎を増築した。

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32 大正期の校舎A
 
 もとのロシア教会の前庭に2階建で校舎が増築されたのは、明治44年から翌年にかけてであった。この写真はこの増築が完成した大正2、3年ごろのもの、2階建の左右に見える平屋が写真31の両翼である。
 正門の表札は向かって左側が「公主嶺尋常高等小学校」、右側が「公主嶺実科女学校」、玄関左は「公主嶺実業補習学校」らしい。

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33 大正期の校舎B
 
 大正5年ごろのもので、上の写真に比べ木がやや大きくなっている。右の幼稚園との間には道路があって、そこまでが小学校の敷地であったらしい。手前広くあいているのは駅前広場である。




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34 大正期の校舎C
 
 正門の表札は写真32とは左右が入れ替わっている。増築部分にもかかわらず、コーナー・ストーンやロシア・レリーフなどが見られるが、これは満鉄がロシア様式をまねて建築したものである。増築部分はイギリス積みだった。

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