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zoom RSS 満洲・公主嶺小同窓会誌 第8章 エピソード −64−

<<   作成日時 : 2016/05/18 07:07   >>

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鮫島通りのつき当たり中国人街の入り口、鮫島橋を渡ると中華飯店の興発園があった。その手前には数軒の食料小売店があったが、店頭に置いてある白い包子(パオズ=肉まん)にハエが群がって、まるでおはぎのようにみえたのには驚いた。大陸的というか、中国人はあまり気にしない。(記念誌370頁下段)

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  中国人街でみた風景
    古賀常雄(旧姓七田・34回生)


 一般に中華飯店では先づ瓜子児(クワズル=ひまわりの種)がサービスにつくが、中国お人はこの食べ方が器用で、口の中で身と皮とを分けて、皮だけ吐き出していた。調理している料理人は、威勢よく鉄フライパンのふちを鉄さじで叩いて、ことさらに大声で料理の出来あがりを知らせるのは、ちょっとやかましくもあった。水餃子や麻婆豆腐がおいしかった。
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 この河南町には平康里(ピンカンリ)という日本流でいう赤線古路があり、ここの姑娘(クーニヤン)たちは「私しや十六 満洲娘」とよく歌っていた。「你来々(ニーライライ)」(いらっしゃい)といわれても、当時は用がなかった。
 冬には共同給水場から二つの桶を天秤棒でかついで運ぶ水がこぼれて、二本筋の氷の道ができ、そこを中国人の子供が器用に立ち滑りをしていた。いまは面目一新、住宅街に変わっていると聞いている。

】「私や十六 満洲娘」は昭和13年、かの服部良一の作曲で大ヒットした流行歌・「満洲娘」。妹の服部富子が歌った。文中にある「ピンカンリ」とは関係ない。

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