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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード −7−

<<   作成日時 : 2016/06/13 05:35   >>

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その日は郭家店に慰安車が来る日だった。慰安車は二両編成で、一両は日曜雑貨品などを販売、一両は座敷車で映画の上映などをした。中間駅に住む人達にとっては、年に一度の楽しいお祭りの日だった。(記念誌271頁)

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   9月19日の郭家店で
       安部鹿次郎(25回生)

 
 オフクロは、朝からご馳走つくりに励み、子供達はわくわくして慰安車の到着をいまかいまかと待っていた。
 その朝、昨夜の柳条湖の満鉄線爆破、奉天北大営での戦闘、さらに長春では南嶺、寛城子の戦闘のニュースが入った。慰安車は来たが、午前10時ごろ日本人は全員、郭家店独立守備隊に避難するように指示された。荷物らしい物も持たずに守備隊に行った。守備隊の大半は夜間のうちに出動していて、わずかに留守番の兵隊だけが残っていた。
 日本の大人達、私の父も武装して、近くの梨樹の街?に向かった。午後には、中国保安隊を武装解除して、武器、銃剣などを大車に積み、意気揚々と帰って来た。
 女、子供は2,3日守備隊に留まり、空いている兵隊さんの寝台で寝た。子供達は、遠足にでも行ったような気分で、はしゃいでいた。

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【注】文集「ふたば」5号(2)
 9月18日夜の衝突は鉄道電話を通じて割合早く公主嶺に伝わったようで、満鉄、農事試験場の職員や在郷軍人会は19日午前二時ごろから非常招集をかけている。
 小佐井守(28回生)は2年生だったが、次のように『ふたば』に書いている。
 「9月18日の夜中に、ジーンジーンとはげしくベルがなりました。お父さんが目をさまして、『どなたですか』とたづねました。おそとの人はじゅんささんでした。『しなとせんそうがはじまったから、すぐしけんじょうにあつまって下さい』といってはしって行かれました。お父さんは、大いそぎでふくを着て、ぐわいとうをひっかけてはしって行かれました。ちやうどその時は、三時十分でした」。

 しかし、大多数の人々は19日の朝になって戦争を知った。小学校は21日まで休校になった。
(右写真は文集「ふたば」)。

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