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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード −14−

<<   作成日時 : 2016/06/25 06:14   >>

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私の父は南満州鉄道株式会社に勤務しておりました。日露戦争のとき従軍兵として、乃木将軍と共に兵隊さんに交じって鉄道をひくために満洲に渡ったと聞いております。大連から奉天、四平街、公主嶺と鉄道線路を改修しながら進んだそうです。(記念誌274頁)
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  貨物車掌室で暖とる
    軍司春重(旧姓西野・25回生)

 
 公主嶺が一番長く、五十歳の定年まで勤めて退職しました。私ども姉妹は父の転勤にともなって、大楡樹、陶家屯、公主嶺と移り住む生活でした。
 それですから一番懐かしく思い出に残っていることといえば、汽車通学のことです。暑くても寒くても時間通りに走る汽車を待ち、毎日公主嶺まで通学しました。あるときは客車に乗り遅れて、貨物列車で帰りました。朝は早く、帰りは家に着くと日も暮れていました。真っすぐ家に飛び込み、お腹を空かしていますので、夕食を待ち切れなくて母親を困らせたこともあります。

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 冬の寒い日には貨物列車の車掌室はストーブが真っ赤に燃えて暖かく、手袋をはずし、オーバーを脱ぎ、大楡樹の駅について慌てて下車したものでした。
 仲間も同級生も大勢いました。車中では話に花咲き、宿題が出来たり、二年間が忘れられません。

】満鉄=日露戦争直後の1906(明治39)年、満洲(中国東北部)の鉄道を初めとして、全ての面でその開発に当たった国策会社。軍の庇護の下、君臨した。
 

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