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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード −17−

<<   作成日時 : 2016/06/29 06:20   >>

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戦線が遠のいて、公主嶺が元の静かな街に戻った。昭和7年の1月ごろだった。キリスト教会の日曜学校で衛戍病院を慰問することになった。出し物は他愛もない桃太郎物語だったが、退屈している兵隊さんにはとてもよろこばれたようだった。(記念誌276頁上段)
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  衛戍病院の皇軍慰問
   手塚明石(旧精姓宗・24回生


 傷病兵は凍傷患者が多かった。北満の馬占山を追っているとか云ってたが、装備が間に合わなかったのだろうか・・・・・・。
 その日は楽しく慰問して帰ったが、それから数日経って、ある小母さんに町で出会った。「慰問に行ったんだったね」「はい、そうです」「でも、日の丸を持って攻めて行ったら負けて帰ってきて、十字架を持って行ったら勝ったと云うじゃないの?」 
 きびしい声音だった。私はハッとした。いつのまにか、このような噂が流されているのに驚いた。

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 「あのネ、日の丸じゃないのよ。桃の旗なのよ」。私は真剣になって「桃」を強調した。「フーン。桃なの・・・・・・」。その小母さんは、意外そうに、そして不満そうにつぶやいた。
 この話はこれっきりだけれども、そのころから比較的自由だった公主嶺の空気も変わっていったと思う。日本が変わっていくと共に・・・・・・。

】公主嶺衛戍病院
 明治40年4月鉄嶺の分院として開設。昭和10年には木下町の東端に新築。同11年11月2日、公主嶺陸軍病院となった。●衛戍とは辞書によると「『戍』は守る意、陸軍の軍隊が一定の地域を分担・警備するために常駐すること」とある。

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