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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード −3−

<<   作成日時 : 2016/06/07 06:05   >>

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昭和6年9月19日の明け方、私は地の底からひびいてくる大勢の足音に目覚めた。それはザックザックザックと整然とした、そしていつまでも続く軍靴の音だった。力強い響きだったが、異様な恐ろしい体に伝わるようだった。

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   軍靴の音で開けた朝
      手塚明石(旧姓宋・24回生)


 わが家の前は独立守備隊に続く道路であった。満洲事変の幕明けは、私にとってはこのザックザックという軍靴の音なしには考えることは出来ない。
 独立守備隊は、公主嶺の住人にとっては身近な兵隊さん達であった。そのころ、この小さな何処(どこ)といって遊ぶところのない街に、ときたまの外出日でブラブラ出かけてくる兵隊さんを見ると、家に上げて歓待することもあった。兵隊達は一様にズーズー弁であった。東北の若者が多かったらしい。私達は満洲の片田舎にいながら、東北の田舎の言葉をどうにか理解出来るようになっていた。
 その人達が参加した南嶺の戦闘で相当数の死傷者が出て、その中には小学校生徒の父上もおられたという悲報も入り、当時最大の事件となった。しかし、それが私達の青春時代を全部塗りつぶしてしまった長い戦争の始まりとは、まだ想像できなかった。

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■満洲事変とマスコミ
 国民に戦火の第一報を伝えたのは、ラジオの臨時ニュースであった。電報通信社(電通)からのニュースが、新聞に先んじてラジオから流された。9月19日、午前6時30分からのラジオ体操が中断され、ラジオ体操担当で普段は元気のいい江木理一アナウンサーが「たどたどしい口調で」臨時ニュースを伝えた日本の放送史上初めての臨時ニュースだった。
 大新聞も、ラジオに対抗して号外を乱発したが、速報性と臨場感では太刀打ちできなかった。それでも朝日、毎日ともに自社の飛行機や自動車などの機動力、写真電送機などの新鋭通信器材をフル動員して報道合戦を繰り広げた、
 国民の大半は、こういたニュースによって、なんの疑いも持たずに満鉄を爆破したのは奉天軍だと信じ込んでいた。爆破の真相が明らかになったのは戦後のことである
 (「昭和と戦争」から)

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