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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピーソド −19−

<<   作成日時 : 2016/07/02 06:38   >>

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まだまだ治安の悪いときのことだった。満州事変後、日本人は何時襲撃されるかわからない不安のなかで日々を過ごさなければならないような時期があった。(記念誌77頁上段)

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    自分の身は自ら護る
        匹田 巌(27回生)


 私の住んでいた大楡樹も、数少ない日本人達が不安と恐怖におびえるなかで、自警組織を作り、お互いに助け合いながら生活していた。
 このような治安状態だったので、私の家なども壁は70センチくらいの厚さで、窓には1センチくらいの鉄板の扉をつけており、何時襲撃を受けても、弾丸が家の中まで入ってこないように頑丈に作られていた。


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 私も小学生でありながら、父親からピストルの射撃を仕込まれ、15メートルくらい離れたところに立てたビール瓶に命中させるほどの射撃の腕前はもっていた。
 密偵などの情報で不穏な動きがあり、襲撃を受ける心配があるときなど、寝るとき父とともに寝床の下にピストルを入れて、服を着たまま寝床についたことも幾度があった。
 平和にひたっている現在では、ちょっと想像もつかないことではないでしょうか。

】9月18日の柳条湖事件を契機に関東軍は僅か5ケ月で全満洲を手中に収める素早さ(地図参照)であった。言ってみれば加害者の最たるもの。被害者の中国人がそれに抵抗したのは自然の理。治安の悪さはそこから来るもので、あたかも日本人が被害者顔を持つということは本末転倒と言わざるを得ない。

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