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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード −29−

<<   作成日時 : 2016/07/20 07:02   >>

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5年生になると遠足は本格的に遠出となる。5年以上高等科と合わせて公主廟に行くのがきまりだった。まだ治安が悪く、匪賊への警戒もあったのか、騎馬の警察官が前と後ろに5人ほどついて行った。(記念誌282頁上段)

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   遠かった公主廟遠足
      山浦 薫(旧姓橘・27回生)


 朝8時ごろ、リュックを背負い水筒をさげ、列を組み先生に引率され、皆で元気よく校門を出る。軍歌を元気よく歌いながら数キロの道のりを歩いた。だんだん給水塔が遠くなり、10月ではあるが今の日本の11月末のようあ気候で、楓(かえで)や櫟(くぬぎ)が紅葉し、数少ない樹木ながら美しかった。到着した地点には古い廟があり、傍にお墓があった。
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 廟の壁には何やら書かれていて、何となくゴーストタウンのような君の悪いところだった。清の皇女が蒙古に降嫁の道中病没され、その公主に分水嶺の峯をつけ「公主嶺」となったと聞かされた。
 それよりさらに少し歩いて小高い丘の上で昼寝をとった。この葉を拾ったり、どんぐりを拾ったりしたが、何もなく寂しいところだった。敷島台なら兵隊さんも大勢いて賑やかで楽しいが、ここはまた訪れたいというようなところではなかった。疲れた足を引きずるように帰って来た想い出がある。

】町の北約六キロに「公主廟」と呼ばれた墳墓があった。廟の右にのぞいている白いものが円墳である。枯れた木の枝にカササギの巣が二つかかっている。後ろの丘陵が分水嶺である。(写真集 公主例126頁)

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