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zoom RSS 満洲・公主嶺 「中国の旅」 服部一男

<<   作成日時 : 2016/07/24 05:36   >>

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1970年6月の1号から2008年3月の53号まで発行された会報「満洲 公主嶺」。散逸する恐れがあるため全号を合本にした大冊が手元にある。時折引き寄せ、当時をしのんで一人感慨にふけている。で、そんな中から気にとまった記事を順次披露していきたい。

▼公主嶺ー白銀が輝く鮫島通り 左手前に僕の生家
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 M君。きみが以前に、「生まれた故郷の公主嶺へ言ってみたい」と言った時、「そうねえ、行ってみたいなあ」とオレも答えた。
            ◇
 
 鮫島通りの街灯を覚えているかい?
 小さな街にはもったいないようなしゃれたものだった。
 −−夜もだんだん更けて、人通りの少なくなったあのあかりの下を、コツコツと歩いて、あの店の戸をあけてはいって行く。 「・・・・・・」(ごめんください) 「来啊。你要甚麼?」 「我要・・・・・・」 いや”オレは買物に来たんではなかった・・・・・・・・・”今、あんたの立っている所に、オレのオヤジがいたんだよ。オレは子どもの頃、”ここで育ってね・・・・・・ジャングイは 誰だい”つい先頃までは こんな夢も見られたものだった。


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 しかしこの頃、朝日新聞に連載された本多勝一記者の「中国の旅」は、オレの感傷に鉄槌をくだされたような気がした。例えば、修学旅行で、汽車の窓から巨大な露天掘りに目をみはっていたその時にも、あのかげには、同胞による苛逆な行為がなされていたとは・・・・・・。 第2部の「万人坑」は、また想像を絶するものだった。遠いアウシュビッツではなかった。ベトナムではなかった。
 オレのふるさとでも、オレの暮らしていた土地でも、今まで多少は知らないでもなかった事実の何十倍もの恥ずべき行為がなされていたのではないか? 何十万、何百万の中国人虐殺が・・・・・・。

               ◇
 ”日本人の凡てが悪いのではない・・・”と寛大で素朴な人たちと広大な自然は、われわれの感傷をも認めてくれるかもしれない。
 しかしオレは、オレのふるさとが彼等の深い傷あとの中にあり、その中へ感傷を求めにいくような気持ちにはなれなくなってしまった。
 世はまさに中国ブーム。加害者としての意識のない連中が、またぞろ出かけていって、再び「東洋鬼(トンヤンキイ)と言われるようにはなってもらいたくないものだね。もっともこちとらは行きたくても、一生そんな金ができないかもしれないが・・・・・・では。 再見
会報第3号ー1971年11月20日発行

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