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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード ー21−

<<   作成日時 : 2016/07/07 06:26   >>

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「我が家には大きな杏の木があった。幼き頃よく登っては甘酸っぱい実を食べたものだった。枝から遥か東に青い山が望まれた。広野に生まれ、山を知らない私は、そこにどうしても行って見たい憧れを感じた。

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   東方にみえた青い山
        橘 十郎(25回生)


 当時、狭い鉄道付属地に住んでいた私達日本人の子供には、遥か東の青い山は、絶対踏み入ることができない恐ろしい馬族の住む世界、と聞かされていた。事実、東のかた伊通を軸として有名な馬族の横行する地域だったらしい」(五味川純平『戦争と人間』第五巻)。
 満洲国建国後、治安が回復した6月初め、私は自転車で河南の中国人街を抜けて東へさまよい出た。2時間ほどすると幼児に見た風物が展開した

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 澄んだ小川、低い山、丘には芍薬、百合などの花が一杯だった。私は鼻の香りに包まれて浪漫的な思いに浸った。憑かれたように、桔梗の咲く夏にも、雉の鳴く紅葉の秋にも通った。早春には雪景色に惹かれてさまよい、危うく命をを失いかけたこともあった。
 後年、新幸書店発行の地図上、東北約40粁、標高583米の大黒山が私をひきつけて止まなかった丘らしいことを知った。夢の如き思い出だ。

】■五味川純平
 大正5(1916)年、満洲に生まれる。東京外語大卒業後鞍山の昭和製鋼所に入る。戦争末期召集され、東満の守備についたがソ連軍の猛攻で部隊は全滅。戦後当時の体験をもとに日本陸軍の末路を採り上げ大冊に仕上げる。著作には「戦争と人間」「人間の条件」などがある。映画化もされた

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