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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第7章 エピソード −40−

<<   作成日時 : 2016/08/10 05:31   >>

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島崎が内地の小学校で6年生を卒業させて、渡満の決意をしたのは昭和10年の3月。愛児を失くした放心のときに、大連の教育事務所に勤めていた親戚のすすめもあり、勇躍「吉林丸」に乗った。(記念誌287頁下段)

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  勇躍「吉林丸」で渡満
      嶋崎しげ子(教職員夫人)

 
 大連の満鉄本社で受けとった辞令は公主嶺。地図を見るとはるか北、ロシアに近いぞと驚いた。美しい街公主嶺、水の豊かな公主嶺であった。
  地平線へ来て見ると/はるか向こうにまだ/地平線がある
 着任して間もない天長節の日、島崎は内地から持って行った紋付き袴で行った。他の先生方や生徒達がびっくりしたようであった。以来、「村長さん」というあだ名がついてしまった。またスケートが下手で、生徒からは「島崎先生の盆踊り」といわれていた。スケートの上手な生徒が大勢いた

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 社宅の近くに佛心寺があって、これ幸いと東和尚さんと親しくなり、般若心経を習った。その講義を聞いて少しでも自分の心の悩みをやわらげ、世の中で役立つ者になろう、よい教師であろうと努めていた。しかし、2・26事件が起こり、和尚もろとも「「よからぬ協議をしている」と検挙されてしまった。 
】美しい街公主嶺、水の豊かな、緑いっぱいの公主嶺。写真は航空写真(昭和11年夏)

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