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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第1章 エピソード −2−

<<   作成日時 : 2016/09/01 05:11   >>

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戦前、小久保商行で働いていた樊来祥(はんらいしょう)という老人がいる。樊氏は現在82歳だが、彼から聞いた公主伝説を公主嶺にいる友人、夏雲氏(記念誌を中国語に翻訳した)が伝えてくれた。(記念誌24頁下段)

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   もう一つの公主伝説
        小久保博司(36回生


  大昔、モンゴル族の王候貴族の王爺(封建時代の王爵を持つ人に対する尊称)に一人のきれいな公主(天使の娘)がいた。その公主は一人の若い狩人を愛して、狩人の嫁になりたがっていたあ、身分が低いたえ、王爺は非常に反対した。
 ある日、王爺は謀略をめぐらして若い狩人を自分の家に招き、酒を多く飲ませてから、猛獣の虎を殺しに行かせた。狩人は仕方なく頭がふらふらして山に行くと、虎が飛び出してきた。若い狩人は箙(えびら)から矢を出そうとしたが、箙にはもう王爺が鉛を入れてあった。狩人は虎に食われてしまった。
 公主はそれを聞いて気が違ったように山に行って懸命に歩き回って若い狩人を探し、あと物も食べず病気になって死んでしまった。公主のために公主陵を作った。いまの公主嶺はその公主陵に因んだもので、漢字の陵(Ling、二声)と嶺(Ling、三声)の発音は非常に近いからである。
 なお、昨年、公園に公主伝説の碑が建てられた。

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    小久保博司氏を悼む  伊藤 聖
 
 学年委員の小久保博司君(36回生)が1997年1月29日亡くなった。享年65。葬儀に際し公主嶺小学校同窓会として生花を供え、クラスメートや同窓生が通夜。告別式に参列して冥福を祈った。
 小久保博司君は1931(昭和6)年、小久保商行の次男として生まれ、幼稚園から小学校を同地で過ごし、新京一中の2年生のときに敗戦を迎えた。1946年8月、日本に引き揚げ、高校・大学生活を京都で送り、その後、、大阪で実業界に身を投じた。1972年には東京に進出、千代田区富士見で「財建」を経営するまでになった。(中略)
 だれからも愛される明るい性格で、多くの友人から驚きと惜別をもって迎えられた。ドライブを趣味とし、A級ライセンスを持っていた小久保君は、あまりに人生航路を急ぎ過ぎたような気がしてならない。(公小同窓会報41号)

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