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zoom RSS 公主嶺 「冬に想う」 則次美弥子

<<   作成日時 : 2016/09/13 06:32   >>

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 チャンネルを回して、スケートの華麗な演技に見入る。画面に、幼い日に滑っていた自分が重なり、故郷への厳冬の想いが彷彿としてくる。雪が積もると、学校ではリンクの土手づくりがはじまった。
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 散水車の水を竹箒でならしていくと、みるみるうちに凍っていく、これは高学年の作業だったし、滑る日を待つ胸躍る作業だった。
 昼休みも、放課後も、いつも滑っていた。身も心も温まるスケートを私達はこよなく愛したものだった。隅のほうの氷を後刃で砕いて、油臭いのを口にしたのも懐かしい。
 「高学年は至急職員室に集まれ」このアナウンスに、せっかく履いた靴を脱いだ。宣戦布告の12月8日のことだった。
 零下30度。そこには厳しいものがあったに違いないが、それは風化され、いくつかの記憶だけがその寒さを証明してくれる。
 「あの人の頬っぺ、凍傷になったんだって」「濡れた手でノブを持ったら、ひっついたって」「あの子、立小便したら、オチンチンまで凍ったって」「エー」。
 窓は二重窓、室内はストーブにペチカの二本立の暖房。煙突掃除のニーヤが丸めた長い割り竹を肩にして掃除にきた。寒さに命を失う人のいることも知らずにいたあのころは幸せだった。

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 学校から家に帰るには泰平橋(注)にかかるスロープを通った。そこでは必ず棚を越えて、尻もちスキーに興じた。
 下から駆け上がっては、また滑る。道ゆく人も寛大で、注意を受けた覚えはないが、されても聞かなかったに違いない。ただ、母からシューバが傷むと叱ら得た

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 長い冬に、春を待つ一つの行事が旧暦のお正月だった。支那街は縁起のよい赤、青、黄に彩られた飾りや衣装で埋まり、爆竹の音が華やいで聞こえた。
 3月になると、
 「もう春だね」「零下5度だって」
 私達は手袋を脱いだ。長い冬を惜しんで、雪をほおばった。・・・・・・公主嶺の町は、今、銀色。その故郷への想いは、熱い。・・・・・・

】則次美弥子さんは公主嶺小学校の35回生。私の2級上、姉の教子と同学年で、確か旧姓は芦田さん、美少女だったので記憶に残っている。上 写真は公主嶺駅をまたぐ陸橋で階段とスロープがあった。下はスケート場での35回生。(本文は同窓会会報32号)



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