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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第1章 エピソード −4− 

<<   作成日時 : 2016/09/03 05:56   >>

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 町の西の端に「武士道」という地名があった。練兵場の南端に沿って走る細い未知の入り口あたりに「壮烈」と大書した自然石の碑があり、満州事変のとき南嶺で戦死した倉本中隊長の事跡が刻まれた。(記念誌25頁)

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   クロパトキンの宿舎
          河合 熈(32回生)


 この碑に由来して武士道と呼ばれるようになったのか、守備隊創設のころから武士道という名があったのか知らないが、このあたりに建っていた陸軍官舎は、公主嶺の中では古いものであったと思う。
 ロシア軍が建てた官舎だといい、私たちが住んでいた官舎はクロパトキン将軍がいたとも言われていたが、ほかに中将の司令官官舎があったのだから、クロパトキンの官舎があったとしても、そちらの方であっただろう。



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 とにかく古い建物で、十六畳という柔道場のような広い部屋があったり、中央にリノリュームを敷いた廊下が通り、公衆便所のようなトイレがあった。1メートルもある厚い壁の中を円筒形のペチカが抜けていて、かささぎの巣で詰まったのを知らずにペチカを焚いたときは、壁が落ちたりした。だからクロパトキンの宿舎であっても不思議はないと思って暮らしていた。

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【注1】兵営
 ロシア時代の兵営は、駅をはさんで対称的な市街のはずれ、東西の二ヵ所にあって、のちに騎兵連隊と独立守備隊司令部となった。いずれもグレーの煉瓦造り、二階建ての兵舎があった。後者には日露戦争のときロシア軍の総司令部が置かれ、奉天会戦で敗れて逃げてきた総司令官のクロパトキン大将と、彼が罷免されてからはリネウィッチ大将がここで全軍の指揮をとった。
 司馬遼太郎の『坂の上の雲』では「クロパトキンと交代したロシア軍総司令官リネウィッチ大将は公主嶺の台地に総司令部を置き、「『雨期が終わらば日本軍を殲滅すべし』と、豪語していた」と描かれている。

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【注2】官舎
 兵営と並行して、軍人や官吏のための官舎の建設も進められた。鉄道北にあったこれらの家屋は百数十棟、約300戸、のちにすべて満鉄の社宅となった。このようなロシア家屋のことを、社宅の人は「ロス建て」といった。
 全戸が平屋だったが、なかには地下室を備えたものもあった。同一形式ではなく、それぞれが個性豊かなスレート屋根、煙突、白い窓枠、グレーや赤煉瓦のフランス積み外壁をもち、、木々の緑に囲まれていた。公主嶺のもの静かな、落ち着いた、エキゾチックなたたずまいは、この瀟洒な満鉄社宅によることが大きかった。

上掲の2階建て写真は農事試験場長の社宅だった

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