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zoom RSS 公主嶺小同窓誌 第2章 エピソード −1−

<<   作成日時 : 2016/09/24 05:59   >>

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 公主嶺小学校は駅の正面にあって、くろずんだ赤煉瓦の大きな青柳(どろやなぎ)の枝間にのぞかせ、楡(にれ)のまばらな生垣に囲まれていた。古色蒼然として、新設校の現代的様式からは、およそ縁遠い非学校的なものであった。(記念誌63頁上段)

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     ロシア協会の旧校舎
            田中真省(教職員)

 
 それもそのはず、ロシアが満洲占領中、教会として建てたものとのこと、したがって校内にはその面影がまだ残っていた。礼拝堂がそのまま講堂になり、屍体安置室が職員室に変わったものであった。また外国映画によくあるように、正面玄関の上にはバルコニーがあった。
 校舎は生徒の増加につれて増築されたために、教室の広さが不揃いであり、彩光は全然考慮されていないところがあったが、新米の教師にとっては大して気にならなかった。床はよく磨かれ、生徒はよく努力し、教師間もよく協力できたし、毎日々々を楽しく、一心不乱に教壇生活に精出すことができた。
 思い出はすべて美しいものに昇華されると言うけれども、私が35年も教職を続けあれたのは、校内の人間関係が非常によく、父兄の理解も高かったためで、当時の先生や父兄生徒に感謝せずにはいられない。

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【注】■5番目の小学校
 公主嶺尋常高等小学校は明治40年11月18日に満鉄によって設立された。これより前、満鉄は各地の居留民会を廃止して、居留民会が設立した小学校を満鉄直営にした。それらの小学校は遼陽(明治39年7月)、撫順(同40年3月)、瓦房店(同40年9月)、大石橋(同)の4校で、公主嶺はこれらに次いで5番目に古く、満鉄が直接、設立を手がけた最初の小学校であった。

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