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zoom RSS 公主嶺小同窓会誌 第2章 エピソード −5−

<<   作成日時 : 2016/09/29 05:37   >>

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 学校から行ったのか、汽車に乗って寛城子にコサック騎兵の馬術を見に行ったことがありました。寛城子から2キロほど離れた長春場内には、まだロシア兵が残っているといわれたころで、野球ができるような広い原っぱに大勢の見物人が、それも300人や500人ではなかったように思いました。(記念誌65頁)

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   コサック騎兵の妙技
      小野てい(旧姓伊藤・9回生)

 
 ご存知のように、コサックはロシアのコーカサス地方にいる混血民族で乗馬がとてもうまく、日露戦争のときには、小銃を肩に長い槍を手にして満洲の戦線に参加し、コサック騎兵隊として有名でした。ロシア語では、コザックというのが正しいらしいのですが、私たちはみんなコサック、コサックと呼んでいました。
 映画でしか見たことのない兜(かぶと)のようなものをかぶり、きらびやかな軍服(?)を着て、長い槍を真っすぐに立てて馬に乗っていました。その日は30騎くらいの武装集団が、ぐるぐる輪になって走りながら、馬上から中央の獲物を突き上げる早技で、30分くらいの間に次々と繰りひろげっれる妙技を、どきどきさせながら見物しました。 

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【注】騎兵連隊
 公主嶺付近は日露戦争のとき、秋山騎兵旅団(坂の上の雲の秋山兄弟の兄)とコサック奇兵隊の接触点であった。奉天会戦に先立ち、秋山隊の170騎はロシア陣地深く進出、明治38年2月11日、公主嶺の北35キロの橋梁を爆破するなど大いにロシア軍の背後を脅かしたという。日露戦争後はコサック騎兵隊の跡地(30余万坪)に兵舎を構えた。(記念誌34頁)
右は中国語訳文。

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